『 銃創の悲鳴 』








とても、暑い夜だった。
だから、おかしかったのかもしれない。
飲み干したバーボンの瓶は、磨き上げられたフローリングに転がり
風も無い夜にも関わらず、深紅のカーテンが音も無くふわりと浮かんだ。
 やがて訪れる狂気を待つような、死の静寂を漂わせた夜だった。

その日ボンゴレの若き10代目はボヴィーノの古参のヒットマンと琥珀色の
グラスを片手に歓談していた。ツナの左の手には男の差し入れのチーズが一切れ 収まっていた。


 隣に座る、癖っけに例の黒のまだらのシャツを着た男はボンゴレの
頭領の昔馴染みだった。彼のキャリアは既に10年を越えていたが、
それだけの年月を経てもなお、下働きをしているうだつの上がらない男
だった。一見優男だが男気が有り、女性にはもてるが本命は無く
存外部下の面倒見も良い、気の利いて優しいユーモアのある男だった。
 少なくとも二本目のバーボンを開けた十代目はそう思っていた。
彼が――自分の言うことに反逆するその、十分後までは。

「・・ねぇランボ、そろそろ帰った方がいいよ」

 そう囁いたのはツナの男に対する気遣いからだった。

もう十分もしたらこの部屋の重厚なドアをノックもせずに
開ける最強のヒットマンは、目の前のこの男を殺したい程
憎んでいた。十年前より命知らずな襲撃を続け、あまつさえ
ツナに片恋し、格下としては破格の待遇でボンゴレに出入りする
この優男を――リボーンがいつか亡き者にしようと思っていること
・・それを知らないツナではなかった。いや、だからこそ彼は
ボディガードの居ぬ間の逢瀬を楽しんだ。黒髪の男がこめかみに青筋を
立てる様を見たかったのだ――ランボは、恋人の心を
試す命知らずな愛人役を喜んで買って出た。ボンゴレのそばに
居られるなら、どんな危険な橋も渡るという・・彼なりの
愛の示し方だった。

 ツナの促しに誘われるように、色づいた頬に口付けたランボは

「・・まだ、あなたの肌を感じてはいませんが」

 と囁いた。甘く、溶けるような旋律だった。

「・・んっ・・駄目・・だよ、今日は」

――後少ししたら、あの人が帰ってきてしまう。
片目を閉じたツナが身をよじると、ランボはその動きに任せてツナを
革張りのソファーに押し倒した。所作は優しかったが、肩を押す力の強さに
ツナの左手のチーズは形を変えて床にぽとりと落ちた。

「ではなぜ貴方は俺をこんなにも・・酔わせたのですか?」

「・・酔わせたんじゃないよ。君が、勝手に酔ったんじゃない」

今日は酔いに任せた悪ふざけをしている時間はなかった。
ツナがその身体の下から這い出そうと腰を動かすと、男はその動きに
合わせる様に唇で首筋をなぞり、いつもよりも低い声で囁いた。


「じゃあ今夜は、貴方を酔わせて差し上げましょう」


 溶けるような微笑に見下ろされ、ボンゴレは視線をそのままに言い放った。
まぎれも無いボスの声だった。

「――死ぬよ、お前」

 その返事もまた笑顔だった。男は胸元を開くようにシャツを引き割き、
そこから覗いた朱色にそっと唇を落とした。
何か言いかけた頭上の声に指を入れて封じながら。

「・・しばらくこれでも舐めていてくださいね」

 じたばたと抵抗する両足のズボンとその下を片手で引き抜くと、
彼はうっすら密を滲ませたその先端を愛撫した。
この部屋に入って一番に、食べたいものだった。

「・・ん、ランボ・・だめだ・・って」

 押し込んだ指先に絡む声は明らかに快感に曇っていた。
あれほど暴れた下肢が太腿を振るわせたままぴくりとも動かない。

「――ボンゴレは、本当に美味しいですよね」

 ここも、とランボが竿の下の小さな入り口に舌を寄せると、
ツナの腰が誘うように浮き上がった。
弄ばれた先端はいつ、爆発してもおかしくなかった。

「・・俺が、欲しいですか?」

 ランボの声にツナは入れられたままの指先を、舐めながら頷いた。
自分の身体を知り尽くした男に組み敷かれることは、ボスという頂上を
知るものにとって抗いがたい快楽だった。
 従順なツナの返答に気を良くしたランボは、彼の口から指を引き抜くと
それを直ぐに彼の後方に押し込んだ。
絡みついた唾液も、そのままに。
ぐちゅぐちゅと猥雑な音に身体の中まで蹂躙され・・ツナは背筋を捩じらせて
――男の名を呼んだ。
 呼応するように男は指を引き抜くと、その代わりに猛った自身を押し当てた。
十分ほぐされた内部は何の抵抗もなくランボの一部を飲み込んだ。
ひわいなほどその入り口を広げながら。

「貴方だってこんなに美味しそうに俺を食べて下さるのに・・」

 ランボが腰を進めると、弓なりに反った華奢な体が同じリズムで揺れ・・
シーツの皺を深くした。
 攻めても責めても届かないのは組み敷いた体の持ち主の心だった。

「・・いっ・・やだ、ランボ・・いっちゃう・・!」

 どこへでもいってください、付いて行きますからとランボが
大きく腰をグライドさせたときだった。




 珍しく大きな音を立てて、執務室のドアが開いた。
立っていたのはこの部屋の住人の恋人で――世界で一番強く
また嫉妬深い伝説のヒットマンだった。




「随分悠長にやってるな」

 男が呆れたように息を吐くと、声の主を確認したツナの
両目が大きく開いた。
 駄目だよランボ――殺されてしまう、と叫ぼうとしたその息を、
ランボは右手で押さえて、男を見た。
限界までツナを――追い立てながら。

「あんたがいつまでもこの人をほかって置くから・・」

――我愛しきボンゴレは溜まってしまって仕方が無いみたいですよ。

 ランボの言葉に、冷静なヒットマンの背後からどす黒いものが押し寄せた。
殺気というには禍々しいほどの冷えた粘着性のある空気だった。
それにひるんだのはツナの方だった。
彼は男の手のひらに噛み付くと――その手が口から離れた隙に一言「ばか」と言った。
彼なりの「逃げろ」の意味の暗号だった。

「さっさと抜け、雑魚」

 近づいた声はもうツナの頭上まで来ていた。
腰から下を痺れるほど侵されながら、ツナは涙を滲んだ瞳でリボーンを見上げた。
その命乞いをするような視線が彼の癇に障った。

「・・可哀相に、貴方の信頼するヒットマンは貴方の願いさえ聞く耳を持たない
ようですよ」

甲斐性のない男に惚れるほど、不毛なことはありませんよね、と男は続けた。
目の前の悪魔よりも怖いとされる男を見据えながら悠然と、
先程と変わらないリズムでツナを犯しながら。

「ほら・・もう、弾けそうじゃないですか」
「んっ・・いっ――あ、やだぁっ・・!」

 ツナが叫び声を上げた瞬間、今度は先程よりも固くて熱いものが彼の口を押し広げた。
入れることで黙らされたと言ってもよかった。

「お前はこれでも咥えてろ」

 吐き捨てるような言葉と馴染みのある苦い感触に彼はすぐにそれが――
殺気をたたえた例の男の一物だと分かった。
それは舌ですりあげるには十分なほどに張り詰め、先端からは我慢汁を湛えていた。

――リボーン、駄目だよ・・
 愛する男の肉の棒で上と下の口を犯されながらツナは祈るように思った。
自分を押し広げてかき乱すのは、10年自分を愛した男。
不毛な恋に愛人という形で決着をつけたこの男の望みは・・本当は何だったのだろう。
彼はすでに気づいていたのではないか。
琥珀色のアルコールに浮かべた愚痴の数々が半分は自分に向けられていたこと――
暗影の逢引で交わされた睦言の中で半分ランボを試していたことを。
――いつか、君だけを愛せる日がきたら。
 そう叶わない夢を抱いていたことさえ。

  ――そんなこと、許されるはずがない。
 すべてを手に入れるという約束で結んだ身体だった。
黒髪の最強のヒットマンを繋ぎとめていくためには
この方法しかなかったのだ。
そしてツナはこの冷静で残酷な男を焼けるほど愛していた。
恋人という至上の存在に据える事で、その首筋に両腕を
巻きつけることを許してもらったのだ。
そして・・彼が、どんな話をしても眉間の皺ひとつ動かさない彼が
ランボのことを話すだけで表情を強張らせること
――それが、一緒の部屋で暮らし始めて覚えた楽しみだった。
それに加担するようランボを唆したのは自分の方だった。

 ふたりの間にその身を置くことで、自分への思いを確認したい
――些細な我儘が生んだのがこの悲劇なら、その立役者は間違いなく
愛と言う名の過ちだろう。
十年培って間違った方向に生まれた取り返しの付かない恋情
――それが今ツナを口と、後の穴から侵し続けている。
ふたりともそれぞれの限界が近かった。

――ふたりを同じに愛しているなんて言えない。

ツナは泣きながらそう思った。どんなに赦しを請いても、拭い切れない罪だった。
俺を挟んで睨みあって威嚇して俺のことだけ考えて欲しい、そんな悪魔みたいなことを
考えた故の密会だった・・今それが最悪の形で結実した。

――嬉しい。

 思考の先にツナは吐き気がした。
間違いなくこの状況を楽しんでいる自分がここにいる。
この行為の後には血も凍るほどの恐ろしい報復しか残らない。
それに怯える半身と、待ち望む半身が、終焉のカウントダウンを始める。

 ツナが下腹部の奥で弾けた雄の象徴と、喉の奥に吐き出された欲求を飲み込んだ瞬間だった。
ひと筋の銃声が部屋を対角線上に駆け抜けた。
 それがどちらの男の悲鳴であったか、彼はまだ――知らない。