HAPPY BIRTH DAY 
















明日は獄寺君の誕生日だ、ということを俺は今日知った。
山本の口から知った。
「明日お前誕生日らしいじゃん、大変そうだなー」
 ま、がんばれよ、と彼は台風のような発言を残してグラウンドに向かった。
残された俺のこころは吹き上げられてぐちゃぐちゃだ。
――知らない・・俺、明日が獄寺君の誕生日だってこと・・
知らなかった。
 BGMはお寺の鐘だ。がーん、がーん・・小さくなっていく余韻が五月蝿い。
それくらい、俺のこころは千路に乱れていたのだった。
 当の獄寺君は、自分が話しかけられたにも関わらず、
「五月蝿ぇ、十代目に近寄るんじゃねぇ!」と眉間に皺を寄せていた。
いつでも二人の会話はかみ合わない。
その間に挟まれるのはいつも俺だった。
 まるで汚らわしいものを追い払うように地面を蹴ると、彼は俺に振り向いて
「帰りましょうか、十代目」
 と言った。それはいつも俺に向けてくれる笑顔だったのに、何だか胸が苦しい。
うまく返事が言えなくて頷くと、心配そうに獄寺君が覗き込んできた。
「・・お体の調子でも悪いのですか?」
「!・・う、ううん、別に・・か、帰ろうか」
 蒼銀色の瞳と眼があって、思わず俺は飛び退りそうになった。
――獄寺君、背・・伸びたよね。

 それに、なんだか顔つきも変わった・・一歳年をとるのだから当たり前
なのかもしれないけど、中学に入ってから全く身長の伸びない俺は、
ぐいぐいと伸びていく彼の身長が
(しかも伸びているのは胴ではなくて、明らかに足の方だった)
とてもうらやましかった。俺だけ・・取り残されていく気がした。
山本と獄寺君が歩いていると、二人ともすごく背が高くて
――それだけでなく目だって人目を引くのだ。
彼らのファンに高校生や大学生まで増えたというのも頷ける
・・本当に、同い年にはとても見えなくなっていた。
「・・十代目?」

 帰り道でもう一度俯いた顔を覗かれて、俺は思わず大声を上げそうになった。
二人のことばかりぐるぐると考えている自分を、見抜かれそうになった気がした。
「なんだか今日は元気が・・ないようなので」
 苦笑交じりに彼がそう言うものだから、
俺は益々申し訳なくなって返す言葉さえ喉の奥に閉じ込めてしまった。

――どうしよう。

 明日が、獄寺君の誕生日なんて全然知らなかったし
(お小遣いをそうそうに使い果たしてしまった俺には
気の効いたプレゼントひとつ渡せそうにない
・・まして、彼の欲しいものを俺が用意できるかさえ分からない)
それを・・山本が知ってたことが何よりショックだった。
・・そりゃ、俺には関係ないことなのかもしれないけど。
――山本には関係あるの・・?

 思考ばかりがぐるぐると渦巻いて、俺は涙目になりながら帰路をたどった。
俺の右側(彼はいつも道路側を歩く)を歩く彼の心配そうな眼が、
ずっと俺の横顔を気にかけていることに俺は・・気づかなかった。

 俺の家の玄関まで来ていつもの通りまたね、と言うと獄寺君は珍しく頸を振った。
俺を玄関まで送って彼がそのまま帰らないのは初めてだった。

「・・十代目、俺のこと嫌いになりましたか?」
「・・へ?」

 あまりの彼の突拍子もない言葉に、俺は間の抜けた声を挙げた。
俺を見つめる彼の眼は心底必死だった。
俺は何がそこまで彼を追い込つめてしまったか分からない。
――もしかして・・誕生日知らなかったこと、気にしてる?
 俺ははっとして、獄寺君を見た。もしかして、俺だけ知らなかったってこと?
――どこかで彼の誕生日を知る機会があって
俺はそれを綺麗さっぱり忘れてしまったってこと・・?
でも、その肝心の「どこか」がどうしても思い出せない。
 獄寺君の誕生日なんて、忘れるはずが無いのに。

「ご、ごめんね・・」
 とりあえず、俺は謝った。それが悪い癖だとは知っていた。
後からそのことを俺は死ぬほど後悔することになる。
 獄寺君は一瞬眼を真ん丸くして、それを伏せた
――何か、決意したような眼差しだった。
俺の軽率な返事が彼にどんな誤解を招いたか
その時の俺は――阿呆なくらい気づかなかった。
・・だから、彼にあんな表情をさせてしまったんだ。

「・・すいませんでした、俺・・」

 もう、十代目にご迷惑をかけるようなことを致しませんから、と
彼は深々と腰を折って謝った。
最後の方は消えてしまいそうな声だった。――泣いて、いたのかもしれない。

「獄寺君・・?」

 俺が問うより早く、彼は踵を返してポーチを抜け道路を走り去っていった。
流れるようなその出来事に、俺は何が何だか分からなくなった。
・・それに、彼はとても悲しそうな声だった。

――あれ・・?

 気が付くと、追いかけることが出来なかった俺は泣いていた。
答えなければならないことはたくさんあった。
聞かなければならないことも、たくさんあった。
なのに俺は――自分のことばかり、考えてた。
――誕生日知らなかった、ごめんね。
ちょっと遅くなるかもしれないけど、何か欲しいものある?
 たった二言でよかったのだ。なのに、身長とか何処でとかぐるぐる考えすぎて
――俺は大切なことを見失った。
 ただ、お誕生日おめでとうって言いたかった、だけなのに。
「・・何やってんだろ、ほんと」

 ばかばかしいのに、悲しくて。
彼にどんな誤解を与えてしまったのかさえ俺は分からなくて。
この小さな一違いを俺と彼が初めてした「けんか」だったと気づくのに、
玄関先で立ち尽くして十分かかった。

――本当に俺は、ダメツナだった。

 ひとしきり悲しみに沈んでから俺は、仲直りをしよう、と思った。
そうちゃんと謝って欲しいものを聞けばいいのだと、自分で自分を納得させた。
――仲直りって・・どうやってするんだろう・・
 俺はとりあえず生徒手帳を広げた。表紙の裏に、彼の電話番号が書いてある。
090・・と番号をかけると、ほどなくして通話が繋がった。

「ただいまおかけになった電話番号は、現在使われておりません」

 無機質なオペレーターの声に視界が、暗転した。

「それでそうやって腐ってるわけか、本当に駄目ツナだな」
「うるさい」
 リボーンに言われて俺はベッドの中で丸くなった。意気地なしと
言われても仕方なかった。彼を追いかける勇気も無い、誤解を解こうにも
連絡は繋がらない――それに、何をどう、説明したらいいのか。
 獄寺君の誕生日を知らなかった、そのことがショックだった。
それで頭の中が真っ白になって、それからは名前の付けられないもやもやで
胸の中がおかしくなった。ただ友達の誕生日を知らなかったのとはまた
違う衝撃だった。俺にもよく分からない。

「・・だって、よくわかんないんだもん」
「何がだ?」
「どうしてこんなにもやもやするのか」
 俺がまともな返事をしなかったから獄寺君は呆れてしまったのだと、思う。
理由を話せばいい、そしてちゃんと聞けばいいんだ。
 誕生日何が欲しい、って。まだ今なら間に合うのだから。

 ベッドで何度も寝返りを打つ俺を見てリボーンは大きくため息をついた。
「獄寺もこれじゃあ苦労するな」
「え?」
 リボーンは立ち上がって背中を向けた。何か突き放された感じがした。
「お前もボスになる人間なら、部下の心くらい掴んどけ」
「獄寺君は部下じゃないよ」
「――じゃあ、あいつはお前の何だ?」
「・・・」

 リボーンの言葉に俺は絶句した。友達、仲間、クラスメイト・・いやちょっと
違う、そう思いたくない、自分がいる。分からないけど――このままじゃ、嫌だ。
 俺が起き上がると、一階から電話の呼び出し音が聞こえた。彼かもしれない、と
思って慌てて出ると、受話器の向こうから山本の声がした。
「よっ、ツナ。夜遅くごめんなー」
 う、うん別にいいよ、と俺は返す。獄寺君じゃないかと期待していた
胸の鼓動は急速に静かになった。それを山本に知られたくなくて、大丈夫、と
答えた。わざと明るく、元気に。
 山本の用件は宿題のプリントのことだった。彼はそれを教室の机の中に
置き忘れたらしい。だいたいの傾向を伝えると彼は「サンキュー」と笑った。
ツナのおかげで何とかなりそう、といわれて俺は思わず彼に尋ねた。今日の
夕方の爆弾発言のことだった。
「あのね・・山本、今日の獄寺君の誕生日のことなんだけど」
 何だか恋愛相談をしているようで恥ずかしい。
「あー女子が名簿見たって騒いでたぞ。明日大変だろうなー」
 この事態の元凶はのん気に言った。俺は肩の力が抜けてその場に
座り込んだ。山本に礼を言って受話器を下ろす。
――知らなかった、わけじゃ・・ないんだ。

 ほっとしたら涙ぐんできた。どうも彼と出会ってから俺は涙もろく
なった気がする・・袖口で目じりを拭いて、明日の朝ちゃんと彼に謝ろうと
俺が受話器を下ろした時だった。

 玄関がぴしゃりと開いて、ビアンキが帰ってきた。ドアの開け方だけでも
怒っていることが分かる。
「全く・・失礼よね。姉を何だと思っているのかしら」
 その口ぶりに俺は彼女に駆け寄った。彼女を姉に持つのは他ならぬ獄寺君だ。
「ビアンキ、獄寺君に会ったの?」
「居たわよ、そこに。見るなり吐きだして大変だったけど」
 彼がすぐ近くに来ているとあって俺は駆け出した。お腹を下しているかも
しれないけれど――今追いかければ間に合うだろう。

 玄関を飛び出して、辺りを見回すと暗い電柱の影に蹲るひとりの
影があった。近づくとそれは、腹を抱えて必死に嘔吐と戦っている彼の
後姿だった。

「・・ご、獄寺君。大丈夫?」
 俺の言葉に彼はさっと振り向いた。顔が真っ青だ。少し寝た方がいいよ、と
言うと彼は首を振った。今にも何かを吐き出しそうだった。
 俺は彼の腕を半分肩にかけて、部屋まで運んだ。話には聞いていたが
彼の姉はそうとう胃腸に衝撃を与えるらしい。それでも俺は・・もしかして
彼が俺に会いに来てくれたんじゃないか、と勝手な想像をして少し嬉しく
なった。ぐったりした獄寺君の額に冷たいタオルを乗せながら。

「・・獄寺君これ、胃腸薬だから」
 白い錠剤を飲んでから、彼の表情は幾分よくなった。青い表情も和らいだ。
俺はほっとして獄寺君が眠るベッドに両腕を組んで頭を乗せた。
一晩眠れば、気分もよくなるだろう・・
そのとき俺は明日が何の日とか、例の誤解とか、彼の欲しいものとか
そういうものをしっかりと失念していた。
 ただ明日の朝彼がすっきりした顔で目覚めてくれればいい、と
眼を閉じてそう祈った。彼の寝息をほんの少し遠くで、聞きながら。

 俺が眼を開けたとき、獄寺君は目の前でしっかりと額を床に
こすり付けていた。彼の得意技、土下座だった。
「獄寺君大丈夫?お腹、治った?」
 慌てて近づくと獄寺君は面を上げて「はい、大丈夫です!十代目!」と
にっこりと笑った。いつもの笑顔に胸を撫で下ろす。

「よかった。獄寺君が元気で」
 携帯も繋がらないし、心配したんだよ、と言うと。
「すいません・・さっき腹を下したときに落として壊れてしまって」
 より申し訳なさそうな顔の獄寺君に慌てて手を振る。
「謝らなくていいよ。ほんとに・・」
 俺はまぶたを擦った。どうして涙が出てくるのか俺にもよく分からない。
ただ誤解されたまま、伝えたいことを告げる前に彼が、自分の前から
消えてしまったら――

 たぶん俺は、死ぬほど後悔すると思うから。

「獄寺君・・誕生日おめでとう」

 しばらく室内は無音だった。俺は両目をこすって目の前の人物を
ゆっくりと眺めた。獄寺君は俺以上に、泣いていた。

「すっ・・すいませ・・十代目・・!」
「・・・」
 あまりに感極まったせいか彼は盛大にしゃっくりを上げている。
美形が泣くと不思議と様になるものだな――なんて俺は場違いな
感想を抱いていた。彼の号泣っぷりにこちらの涙も吹っ飛んでしまったのだ。

「あ・・あの・・獄寺君」
 はい、と答える獄寺君の声が掠れている。そんな――言葉だけでそんなに
喜んでもらえるなんて――思わなかった。
「何か、欲しいものある・・?」
「――それは」

 獄寺君が身を乗り出した時だった。

「――そこまでに、しとけ」
 鶴の一声と一緒に、戻ってきたのはこの家の住み込み家庭教師だった。
リボーンは向き合う俺と獄寺君を見るなり、明らかに舌打ちした。
「誕生日ついでにボスを傷物にするつもりか」
 リボーンの言った言葉に、獄寺君は一気に真っ赤になった。
「そ、そんなつもりは・・!」
 答える彼はしどろもどろである。
「きずもの・・?」
「い、いや違います。俺はそんなふらちなことは・・!」
 必死に何かを弁解する彼に、リボーンが「朝食できてるぞ。
せっかくだから食ってけ」と言う。
 何が彼を焦らせているかは分からない。

「とりあえず・・ご飯食べにいく?」
「は、はい・・!」
 獄寺君の返事はとても行儀がよくて、俺たちは並んで階段を下りた。
一番下の段で彼の肩をこんこんと叩いて俺は
「じゃあ・・また後で教えて?俺、獄寺君のほしいものなら何でも
 用意するから」
 と尋ねた。
 振り向いた彼は噴火しそうな表情で、何度も、申し訳なさそうに頷いた。