貴方のされこうべを抱いて眠る
首塚
その人は六道と言う。名前はむくろ。偽名である。本名は焼いてしまった。
青い目と赤い目が交互。良く見ないと時々入れ替わっている。瞬きするみたいに。
髪は群青。血を塗りたくったような緋色になる時は嵐が来る。この世の天変地異
をその身に宿したような男だった。
沢田綱吉がその男に会ったのはある丘の上である。細長い石碑がぽつんとそびえ
立つ、淋しい頂上であった。追いかけたボールの先にこの丘があったのだ。誰かが
夕陽に背を向けて立っていた。表情を確かめようと思って上った。
「ここには僕の遺体が眠っています」
男は綱吉の目を見るなり言った。嘘だ、と彼は思ったが口に出さなかった。
「遺体が・・ですか」
「信じていない、という目をしてますね」
「・・そういうわけでは」
綱吉は怖くなった。男の髪も、目も赤い。夕焼けのせいではない、と思う。
そう思えるところが怖かった。
「君を殺したりなんてしませんよ」
男は微笑した。綱吉は後ずさった。吸い込まれるような眼をしてこの男はわらう。
「ここには、僕の首が眠っています」
綱吉は引いた足を止めた。男の目が悲しくなった。
「首が・・」
「首だけが」
男はひざまずき、綱吉を振り返った。
知っていますか、死んでも死にきれないまものを殺す時は頭を胴体を切り離して
やるしかないんですよ。首を、落とすしか。
だから首だけ、埋葬するのです。未練など、残さないように。
「ここには僕だったものが眠っている」
「・・貴方は、何者なんですか」
「さて、なんでしょうね」
男はくふふ、ふと笑った。微笑みに微妙な抑揚をつけた。
初めて聞いただけでは分からない、音韻のつけ方だった。
輪廻を繰り返すと、自分が自分であるのか分からなくなるのですよ。
ここに眠るのは僕であって僕でない、かつて僕だったもの。ならばここに
いる僕は誰だ。僕は何だ。僕という意識が魂の象徴なら、肉体が滅びても
僕は永遠に生きるのか。でも僕は、死んだ。繰り返し、繰り返し。
この墓の下に眠るのが六道むくろなら、僕は何なのだろう。
「・・分かりません」
「掘ってみると、いいでしょう」
綱吉は、信じられないという目をした。
「掘れば、出てきます。されこうべが」
「されこうべ?」
「どくろの事ですよ」
六道むくろは微笑んだ。それだけで十分だった。綱吉はわぁわぁ言って
駆け出した。泣き出しそうになり、鼻水もすすった。背筋が凍るほど怖かった。
その微笑みを思い出すことは二度とないだろう。
崩れる頃の夕焼けに彩られた彼の横顔は、血しぶきをかぶったように真っ赤だった。
その晩は町中が水浸しになるくらいの大雨だった。何本もの街路樹がなぎ倒され、
山の近くでは緩んだ地盤が引く雨水に合わせて崩れた。十年の一度の嵐とニュース
は報じ幾つかの家は浸水して引越しを余儀なくされた。
それから何度その丘に行っても彼は青い目と赤い目の男にも、こけむした石碑にも
会うことは無かった。
ただしその丘に植えられた桜はこぞって、鮮やかな緋色の花を咲かせ町のものを怖
がらせた。桜が赤いからあの下には死体が埋まっているのだというものもいたが、確
かめる人間は誰ひとりとしていなかった。