これが夢なら早く覚めて欲しい。
彼の言葉は嘘だと笑い飛ばして欲しい。
何度同じことを願っただろう。

あの日の朝に戻れたらよかったのに。










『 愛河 4 −future−  』









「別れの挨拶は済んだようだな」
 
聞き覚えのある、冷めた声。涙に滲んだ視界に、小さな黒い影が映る。
獄寺と入れ違いに部屋に入ってきたのは、おそらくこの件の首謀者であろう
――リボーンだった。

「獄寺との逢瀬はどうだった?」
 彼はこれまでのやり取りを予測していたのか・・ニヤリと笑い、
「短い夢を見ていたと思え。それが、お前が獄寺にできるすべてだ」
 と、ツナと一瞥した。その瞳には惜別を悲しむものに対する
憐憫や同情は欠片もない。冷酷無比な殺し屋の顔だけが在った。

「どうしたら・・いい?」
 答えたツナの声は、驚く程静かだった。
「どうしたら、獄寺君に会える?・・言えよ、リボーン!!」
 自らを見下ろす幼児の胸元に手をかけ、ツナは凄んだ。
その眼には強い怒りと深い悲しみ、確かな確信が滲み出ていた。

あの計算高いリボーンが、ただ部下の頼みを聞くためだけに
この場を用意したとは到底思えない。そして・・恐らく自分の勘は
当たっている。
しかし当のリボーンはその脅しに屈するばかりか、寧ろ
惚れ惚れするような口調で言い放った。
「いい眼だな。――そういう眼をしているお前も悪くない」
――お前はやっぱり、あの方の血を引いてるよ。
 うっとりするようにリボーンは言い、拳銃の先で
ツナの顔を上向かせる。
「獄寺のこと・・忘れられないんだろう?」
「・・そうさせたのはあんただろ・・!」
 リボーンはツナの言わんとすることを
理解したかのように、口元を歪めて微笑んだ。

「お前もだいぶ・・物分かりが良くなってきたな」
・・家庭教師としては嬉しいぞ。
おそらく獄寺がツナに求めたであろう行為の
数々は執拗でありそれはツナにとって十分依存性を秘めていただろう。
それを理解していたリボーンはあえて、獄寺の行為を場所まで与えて、許した。
獄寺にツナを吹っ切らせるためではない。リボーンの本意はむしろ逆――
ツナを獄寺に執着させ、イタリアへ向かわせることにあったのだ。

「・・なぁ、ツナ」
 リボーンは甘く低い声を出し、ツナの手を振り解いた。
「これから先はお前しだいだ。10代目になれば、イタリアに行ける」
 獄寺にも会えるぞ、と悪魔のようにツナの耳元で囁く。
 その声が腰に響いたのか、ツナは顎の下にあった拳銃を振り払い
後ずさりした。
 初めてみる――リボーンの・・マフィアとしての顔。
狡猾で残虐で凶暴な・・その素顔を垣間見てツナの背筋は総毛だった。
「・・どうした、ツナ。俺が怖いのか?」
「・・怖くなんかないよ」
 声を震わせて答えるツナに、リボーンは満足そうに微笑んだ。
見るものすべての言葉を奪うような、壮絶な微笑みだった。

――・・忘れないよ、絶対に。俺は・・君に会いに行く。
 
決意を込めて立ち上がったツナの前を、リボーンは誘うように歩き出す。
その先に待ち構えるものを・・ツナはまだ、知らない。





二年後の夏、ミラノにチャーター機が極秘で着陸した。
イタリアの闇社会が「ボンゴレの新ボス就任」に揺れていた
その最中である。搭乗した渦中の「ボス候補」はよっぽど
間抜けか切れ者かどちらかだろうと噂されていた。
 前者の意見が圧倒的に多かったが。

「あぁ、迎えはいいよ」
 若きボンゴレ10代目は15歳。その彼が幼さの残るあどけない
顔立ちに、炎のような強い意思を隠していることは、彼の腹心の
「ボディガード」以外知る由もない。
ツナはシャツの襟を直しながら、携帯電話の相手に呟いた。
「彼は来てると思うけど」
 相手はまだ何か言っていたが、強引に電話を切りタラップを
ゆっくりと降りる。

「お久しぶりです。10代目」
 着陸時間を何処で入手したのか。彼――獄寺は早々と
車から降り、深々とお辞儀をした。伸びた髪を後ろで縛り、
背も以前に比べて随分伸びたようだ。相変わらず上物のスーツを
着崩すスタイルと、じゃらじゃらと重い銀のアクセサリーを
身に着ける趣味は変わっていない。

「久しぶりだね、獄寺君」
 ツナは軽く笑みを浮かべた。獄寺は体の成長こそすれ、
態度には微塵の変わりもなかった。
「さっそくだけど、ひとつお願いしていい?」
「何なりと」
 獄寺はツナが脱いだスーツの上着を受け取りながら
答える。

「ずっと、俺のそばにいてほしいんだけど」
「承知しました」

  彼らの再会から1年後・・
20歳にも満たない日本の青年が「ボンゴレファミリー」のボスに就任し、
さらにはイタリア全土のマフィアを掌握し支配するようになろうとは、
まだ誰ひとり、知るはずもなかった。



end.