――ほだされて終わる恋じゃねぇだろ?
[ 午後12時、診察室で ]
「何度言ったら分かる?俺は、男は相手にしない主義なんだ」
シャマルは患者を偽り、診察室にまで入ってきた男にため息を
落とすとカルテに走らせていたペンを置いた。
「・・分かってるよ。でも――俺は、あんたが欲しい」
イタリアからわざわざ彼を追っかけてきた、ボンゴレの特殊工作員は
律儀に丸椅子に腰掛けると、縋るような眼でシャマルを見た。
まるで捨てられた子犬の様な瞳だった。
いつからこんな年下のしかもマフィアの男と知り合ったのか
シャマルはとんと記憶になかった。もともと女性以外のデータは
保存しない男だった。
目の前に座る色の白いいかにも不健康そうな死体役が似合う男は
確か――モレッティという名前だった。
シャマルは時計を見た。午後の診察まであと30分。この男と押し問答を
するくらいなら、することだけして自分ひとりの休憩を満喫したい。
彼はふぅ、と息を吐いてカルテの拍子を閉じる。
「やりたいなら勝手にしろよ。ただし1時までな。1秒でもオーバーしてみろ。
2度とやれない身体にしてやるからな」
男はシャマルの言葉を聞いた途端、彼に飛びついてキスをした。
あごひげの生えた顎やくしゃくしゃの真っ黒な髪、白衣の下の筋肉さえも
いとおしかった。
――なんだ、キスはうめーじゃねーか。
女慣れしているシャマルでさえ、口腔を貪るように味わう男の
舌先の愛撫にそう思った。
男は口腔を深く交じり合わせながら、手早くシャツの前を
開け――彼の素肌に手を伸ばした。じっとりと汗ばんだ男の
手は、燃え上がるのを待ちきれないようにシャマルのズボンの
チャックを下ろす。
「おい、がっつくんじゃねーよ」
自分の胸元に舌を這わす男を軽くこづくと、シャマルは
珍しく息を荒げて、前髪を掻き揚げた。
襲われているのは自分で、掻き乱れているのは名前も
覚えていない男で――女性しか望まなかったはずの身体は
執拗な愛撫で既に火が付いていた。
――ばかやろう・・ヤローに欲情してんじゃねーよ。
シャマルは自分と、自分を溺れるように抱き締め
何度も赤い印を散らす年下の男に毒ついた。
男に感じる自分がいるだけでも、十分虫唾が走ったが
下腹部の高まりを無視することもできない。
シャマルはばかやろう、と呟くと男の背中に腕を
回した。太い二本の指で慣らされた秘所は、何の潤いも
なくても熱い男の一物を飲み込んだ。
「おい、さっさと服着ろって」
リミットのついた情事が済むと、シャマルは右手を
振って男を追い払った。結局男は自分の中にぶちまけたので
シャワーを浴びてさっさと男の熱を落としたかった。
「・・よかったっすか?」
男は趣味の悪いシャツを身に着けながら、伺うように
シャマルを見た。憑き物が落ちて、さっぱりしたような顔
だった。
「ばーか。10年早ぇえよ」
シャマルは白濁が飛び散った白衣を脱いで、丸めて
ゴミ箱に捨てた。男の欲がついた白衣でご婦人を診察する
わけにはいかなかった。
「10年たっても――俺、きっとあんたしか見えないっすから」
「気色悪いこと言うな。俺は、男は嫌いなんだよ」
男はシャマルの言葉に微笑んだ。いつも門前払いか
受け入れてくれてもそっけない、蝶のような男だった。
簡単に手に入らないものほど執着心が湧くのだとしたら
この男の存在は麻薬だった。
「また・・来てもいいっすか?」
勝手にしろ、とシャマルは背を向けて答えた。来るな、と
行っても日本に用事がある度に駆けつける――このストーカーの
ような男を止めようとするのは時間の無駄だった。
男が足音も立てず、診察室から去ると
シャマルはため息を落として「休診中」の札を
表にかけた。
――あんな男の熱気が立ち込める部屋で・・
ご婦人の診察なんてできるか。
だいたいだな・・俺は、男は範疇外なんだよ。
ご婦人なら上から下まで全部OKだけどな・・
シャマルは記憶の中の男にうらみ節を並べると
診察用の革張りの椅子に腰を下ろした。
先ほど二人の男の体重を支えたその椅子には
――彼の熱が、解けている気がした。