[ 彼は甘口がお好き ]




「綱吉・・カレー食べる?」
 応接室で居残りをさせられていた時だ。雲雀さんが突然
レトルトのパックを取り出してこう言った。
「はぁ・・」
「もしくは一晩そこで勉強する?」
「た、食べます・・!おなか減ってました!!」
 ある意味絶望的な二択だ。彼はこういう――よく分からない選択肢を
投げかけることが多い。


 留年するか、風紀委員に入るか(どちらも選べない)
 追試を受けるか、代わりに授業をするか(明らかに後者は無理)
 噛み殺されたいか、引き裂かれたいか(どっちも嫌)


 その度俺は慌てて「それは無理です」「選べません」「追試でお願いします」
と言う。彼は残念そうな顔をして俺の首筋にトンファーを当てる・・けれどもそれが
俺の骨を砕いたことは無い。縮こまった俺がびくびくしていると彼はしばらくして
トンファーを下ろす――彼なりの理屈で「納得」したらしい。
「まぁ・・いいよ。君が選んだことなら」
「はぁ・・」
 俺はどう返していいか分からないが、ひとまず胸を撫で下ろす。
考えていることが分かりませんなんて言ったら、全部言い切る前に
殴り殺されそうなので黙っておく・・突っ込みをするのは命がけ
でもある。


 雲雀さんは二つカレーの袋を出してきた。机に並べてどっちがいい、と
俺に尋ねる。ピンクの袋のビーフカレー、緑の袋の野菜カレー・・ただ
どちらも甘口だった。
「・・雲雀さん、辛いの苦手なんですか?」
 それが彼の押してはならないスイッチだったらしい。
「――今から死ぬ?」
「あ、いえいえ食べます。甘口好きです、大好きです・・!」
 俺はとっさにビーフカレーを手に取った。彼はそれを奪うようにして
取り、応接室の奥へすたすたと歩いていく――先週覗いて半殺しに
されそうになった場所だ。
 彼の背中を覗くと応接室の先には小さなキッチンとレンジ
なぜか炊飯器までが鎮座していた。ワンルームマンションの
ようである。
 雲雀さんは何かのCMソングを口ずさみながら
レトルトパックの封を開けて、それを白い皿に流し込んだ。
台所での一通りの作業は草薙さんから教わった・・というのが
風紀委員会での定説らしいが俺は現場を見たことは一度も無い。

――雲雀さん・・料理するんだ・・

 カレーの中身を皿にあけ隣にご飯を乗せ、ラップをかけてレンジの中央に置き
赤いボタンを押すだけなのだけれども。
 とても珍しい光景に見えるのは気のせいだろうか。

「・・何してるの?」
 ふいに話しかけられて、俺はひゃあ、と情け無い声を上げた。
雲雀さんは俺に視線を合わせると「宿題は終わった?」と聞いた。
「・・あ、あのすいません・・まだ・・」
 レンジの中身が橙色の光の中で、くるくると回っている。
「じゃあ――」
 彼が言い終わるより先に、ピーっという電子音が鳴った。


 彼は向き直ると、レンジからお皿を取り出して応接室の
テーブルに置いた。ほくほくと白い湯気が出ている。
「さぁ、どうぞ」
「あ、あの・・」
「何?」
「雲雀さんは?」
「いいよ。僕は見てるから」
「え、食べないんですか」
 彼は「そう」と頷く。
「・・せっかくだから一口食べませんか?」
「いらない」
「でも・・好きなんでしょう?甘いの」


 俺がカレーとご飯をひとすくい、スプーンに乗せると
彼に差し出した。俺だけ食べるのは少し、気が引けた。


「・・雲雀さん――んっ!?」


 んんっ、と声が詰まった。気づいたら、俺の口を塞いでいたのは
ほかほかしたご飯でも、カレーでもなく彼の――


「ごちそうさま」
「ひっ・・雲雀さん!?」
 俺は思わず持っていたスプーンを落としそうになった。
その手をひょいと持つと、彼はカレーを俺の口の中に押し込んだ。
黙らされたと言ってもいい。
 キスの味がカレーの甘さで分からなくなってしまって俺は
俯いた。
「じゃあ、早く食べるんだよ」
「・・雲雀さん」
「何?」
「カレーの味が・・分からない・・です」
「それは僕のせいだって言うの?」
「いえ、あの――」
 嬉しそうな彼が、俺の肩を押した。じゃあ、もう一度味見させて、と。
今度は君が僕に教える番だからね、と彼は言う。
 俺は何も言えず彼の均整の取れた唇に身を委ねる。
食べる前にあんなキスをされたらカレーの味なんて分からない。


 俺の舌を啄ばんで彼は「甘いね」と言った。
それが先程口にしたカレーのものか、別の行為から来る甘さなのか
彼の腕に中にいる俺にはもう・・分からなかった。