[ 古城の朝 ]






 帰ってきた腹心の部下は、ボンゴレ十代目の顔を見るなり
眉を潜めた。「珍しいっすねー」と犬は茶化し、柿本は言葉を
発することさえ億劫そうだった。
「何か、楽しいことはありませんか」
 骸に聞かれて二人は黙った。もしかしてこのボスは名だたる
ボンゴレの色香にやられてしまったのではないか――ありえる、と
二人は頷いた。声には出さないが思考は一緒だった。
 数多くの敵をその催眠眼で操る男が、たった一羽の兎に骨抜きに
されているのだ――かつての骸を知る二人はそう思ったが、ツッコミを
避けた。人の恋路を邪魔するとあとで大変なことになる――洗脳されて
殺されるのはごめんなので、二人は彼を放っておくことにした。
 一週間もすれば飽きるだろう、と思っていた。


「・・楽しいことって言われても」
 犬は首をかしげた。眼を閉じた柿本は我関せず、と言った表情だ。
「・・そうだ、トランプでもしましょう!」
 手のひらを拳でぽん、と骸が叩いたので二人は目を白黒させた。
マフィアのボス二人と部下が三人揃って命がけのポーカーならまだしも
トランプ・・どうやらこのボスは例の兎に相当入れ込んでいるらしい。
犬はそう柿本に耳打ちしたが、彼はすでに寝たフリをしていた。


 それから4人はテーブルを囲んでトランプに興じた。最初はおどおど
としていたツナも次第に笑顔を見せるようになった。ジジ抜き、ババ抜き
七並べ・・男4人で大富豪。一人はボス、一人は人質、残るは強制参加。
不思議なカルテットだったが勝負は一進一退で、それがツナを喜ばせた。
楽しんだ表情を見せる彼を見て、骸はただ純粋に笑っていた。そんな彼らを
見て最初はため息をついていた二人も、そのうち勝負に真剣に興じるように
なった。二人とも、性格は違えど負けず嫌いだった。



「・・すっかり遅くなってしまいましたね」
 壁のかけ時計が、11回鳴ったので夜会はお開きになった。
特上のワインも、豪華な料理もなかったが部下も満足げに戻っていった。
童心に帰った思い、といえばいいのだろうか。


 骸はツナをベッドに寝かせると、その髪を柔らかく撫でた。
部下の報告ではボンゴレの残党は戦わず団結して撤退したらしい。
例のアルコバレーノのひとりがそれを指揮したらしいが、事実も
裏側ももうどうでもよかった。ボンゴレの、名前さえ。



「おやすみなさい。また明日」
 よほどトランプが楽しかったか、ツナはうとうとしている。
骸はその額に唇を寄せた。触れるか触れないかくらいのキスだった。
 あと何年何ヶ月ここにいるのか骸にも分からない。この城に飽きれば
部下を連れて別の楽園へ移り住むだけ――ツナと、一緒に。
 ひどく満ち足りた思いで骸はドアを閉めた。何が胸の奥を充満していくのか
分からなかったが、それはこの世界を知って初めて得た安らぎだった。
 広がっては胸を焦がし、身を温めては息をも詰まらせるような思いの名前を
彼が知るのはもっと先のことだったが、骸は朝が来たらこの部屋を一番に
訪れて天使を起こしにこよう、と思った。


   ツナの部屋の前で座ったまま居眠りをするボスを見つけて部下二人が
半ば呆れて苦笑するのは、古城に朝日が差したころ――昇る太陽は温かく
二人のボスを照らし出していた。