[ 泡になる ]




 何をしているのだ、と曇った声が言う。その先を
唇で遮る。貴方の息さえ美味しいと言ったら、笑うでしょうか?


「・・ああ、こういうの初めてなんですね」
 男とするのも、乗られることも。
 俺が彼の胸に手を当てると、俺に突きたてた彼の横顔が
翳った。まだ、何も感じていない顔だ。ひどく嫌そうな
何か汚らしいものを飲み込んだような、その表情。
――ひどく、そそられる。
「大丈夫、直によくなりますよ」
 俺も初めてしたときは、数日吐きましたから、と言うと
見上げた黒い眼が、釣りあがった。怒ってる?それとも
妬いてくれてるの・・?
「お前はどうして――」
 笑っていられるのだと、彼は問う。息が上がってきたのは
よい感じに染まってきた証拠だと俺は勝手に思う。生物学的には
女に埋まる場所でも、たまには男も・・いいでしょう?


 嬉しいですよ、と俺は答えた。


 ずっと欲しかったものをこうして、曲りなりにでも手に
入れられたのだから。貴方を手中に収めるためだけに、例の
黒曜組を生かしておいたくらい――初めてみたときからずっと
その汚れない瞳が、欲しいと思ってた。


 そのまっすぐな眼を、俺で汚したかった。


「――何を、泣いてる」
 聞かれて俺は、首を振った。盛った薬で膨張した貴方が俺を
犯す。想像以上に熱くて固い。予想よりもっと、気持ちいい。
 俺の一番奥に貴方がいて、ひどく苦しそうな顔をした貴方が
俺の下にあって――君臨するのは俺、ひざまずくのは貴方、なのに。


 どうして俺の視界は霞むのでしょうか。


 泣いてしまえば、貴方を見届けることはできないのに。
ここで腰を振らないと、貴方を追い上げられない、追い詰められないのに。


「・・俺の心配なんて、しないでください」


 騙されて身ぐるみ剥がされ、ベッドに拘束された末男に乗られているひとが
言う台詞じゃないよ。


「・・辛いなら、やめればいい」


 優しさが毒になることを知らない、まっすぐな言葉が俺を攻める。
身動きが出来ない――肝心なときに、俺は貴方をちゃんと感じられない。
いかせられない。


 俺はもう一度首を振った。今縄を解いたら彼は、俺とボンゴレから
逃げ出すだろう――だめだ、と俺は脳裏に言った。解放してはだめだ。
何もかも泡になってしまう。
 そうしたら俺は――


 ランチアさんは何も言わなかった。ただ男らしくずっと俺の下にいた。
動かなくなった俺が彼を含んだまま泣き崩れても彼は、何の蔑みもその場しのぎも
吐かなかった。――だから、狂おしいくらい惚れたのだと、思った。
 歪む視界に俺はベッドの端に結わえ付けられた彼の、両腕を見た。あの時俺を
守ってくれた腕だった。


 本当はその逞しい両腕に壊れそうなほど、抱きしめられたいだけだった。