[ Be My Baby  ]



 玄関を開けたツナは唖然とした。よく見かける
黒服の男達に囲まれているのは、ピンクのベビーカー
だった。その持ち手に手をかけているロマーリオの
顔がいささか沈んでいる。



「よ、ツナ。元気か?」



 聞きなれた声にツナが視線を下げると、ベビーカーに
ちょこんと座っていた幼児が小さな手の平を振っていた。
 眩しい金色の髪に、青く透き通るような瞳。
薔薇色のほっぺがぷくりと膨らんで、満面の笑みを
つくっている。その愛らしい姿は――


「で、ディーノさん・・!?」


 その通り、と小さな頸を上下に振ったキャバッローネの
ボスの前で、ツナは腰を抜かしてしまった。





 実は、と申し訳なさそうに頭を下げたロマーリオは
ツナの部屋で正座すると事情を話し始めた。
 彼の話によれば、ディーノはファミリー内の陰謀に
巻き込まれ(部下の前のディーノは最強であるため
少しでも彼の力を削ごうと、この姿にされたらしい)
あやうく暗殺されそうになり、難を逃れてイタリアを
出てきたと言う。非力な幼児(推定三歳)になったボスの
命を守るため・・ファミリー内が片付くまで、沢田家で彼を
匿ってもらえないだろうか――と、神妙な顔つきで彼は
頭を下げた。


「くだらねーことで、巻き込んでごめんな」


 部下の話の後のディーノの返事はさすがにボスの
貫禄があったが。その姿はなんとも頼りない――いや、愛らしい。
 自分の膝の上にちゃっかり座っている幼児は
キラキラした髪と蒼い眼、白くて柔らかい肌と、
ぷにぷにしたマシュマロのような手のひらを持つ
――地上に舞い降りた天使のような姿だったのだ。



――ちっちゃいころのディーノさんってこんな感じなのかな・・


 常に弱気だが、根性は据わっているツナは膝の上のディーノの
くせっ毛を眺めながら、そんなことを思った。


これで頭に輪っかと背中に羽をつけたら、ほんとに天使みたい
だもんな・・


 見た目は天使でも、中身は泣く子も黙るマフィアのボスである。
そしてこの可愛らしい幼児は多くの大人たちから、その命を
狙われている。



「任せてください。ディーノさんはちゃんと・・こちらで預かります」
 と、ツナは笑顔で言った。
その声に感激のあまり打ち震えたロマーリオは、将来のボンゴレ
10代目に重ね重ねお辞儀をした。同盟の主にあたるボンゴレの跡継ぎに
自分のボスを頼むことついて、彼はさんざん悩んだのだ。


「それに、こういうのは・・慣れてますから」


 ツナがそう続けた途端、ドアを蹴破って跳ねた声が飛び込んできた。


「じゅーだいめーー!お風呂沸きましたって・・!」



 声の主は、目の前の愛する人の光景を見て絶句した。
十代目の膝の上(自分の指定席)に誰かが乗っている。
 彼はその姿に見覚えがあった、あの髪あの目・・
それは忌々しい――跳ね馬そのものだった。



 部屋に飛び込んできたもう一人の幼児に、ロマーリオは
眼をぱちくりさせた。ドアの前で怒り心頭とばかりに小さな
拳を握り締めているのは、彼のボスとちょうど同じサイズの
イタリアンな幼児だった。

 ただそれがボスと違うのは彼が灰色の髪と、くぐもった蒼い
瞳を持っていて――着ている熊柄のシャツに大きく「さわだ
つなよし」と書かれていたことだけだった。



「あ、獄寺君。ディーノさんもね、何だか同じ感じに
なっちゃったみたいでさ」



 のん気なツナが笑顔を浮かべてふり向くと、小さな獄寺は
手元に用意したダイナマイトの火をそっと消した。
 小さくても、こころは獄寺。気に入らないものは(ツナに
近づくすべて)は直ぐにでも果てさせてやりたいのだが、
この距離では愛しい十代目が爆撃に巻き込まれてしまう・・



 悔しさを全面に押し出した獄寺は、小さな口を唇が見えなく
なるくらい噛み締めた。十代目の温かくて大きな膝の上に
乗せてもらうのは(うっかり三歳児になってしまった)自分だけの
特権なのだ。それを・・あのいつも十代目に怪我ばかりさせる
跳ね馬の野郎が、当然のように座って、しかも十代目の身体に
のん気にもたれている――自分がツナにかけている多大な迷惑は
さておき、獄寺のこころは嫉妬で煮えたぎっていた。



「ツナー俺、腹減った」
「はいはい、ディーノさん、後から母さんに夕ご飯
作ってもらいますから」
「今、固いもの食えねーぞ」
「うん、ちゃんとほぐしてあげるからね」



 会話だけなら、どこぞの新婚夫婦のようでもある。
常日頃子供の世話を(ほとんど強制的に)させられている
ツナとしては、幼児の一人や二人増えても変わりはない。
 まして相手は自分が尊敬しているディーノで、その姿は
映画に出てくる天使のようだ。ツナはすっかり気を許して
キャバッローネの騒動が収まるまで彼を預かろうと思った。
 普段宿題やら何やらでお世話になっている兄弟子だったので
恩返しをしたい気持ちもあった。


 ロマーリオが礼を言って沢田家を去ると、ツナは母親に
小さくなったディーノを紹介した。さすがの奈々もその姿に
驚いたが、事情を話すとすんなり同居を許可してくれた。
「じゃあ、今日はディーノ君の大好きなものつくらなきゃね」
 張り切っちゃう、と奈々は腕まくりをした。さすがはツナの母
――そのこころは太平洋より広い。





・・あれ?獄寺君は?
 気が付くとあんなに眉間に皺を寄せていた彼の姿がない。
――獄寺君だって、びっくりしたよね・・。
 もうひとりの同居人に事情を説明するのを忘れていた
ツナは、母親と買い物に出かけたディーノを見送ると
小さな彼の姿を探し始めた。


「・・ごくでらくーん?」


 いくら探しても、彼の姿が見当たらない。おかしいな、と
思いながらツナが乾いたばかりの洗濯物を畳み出すと、
ふかふかのタオルの中から丸くなった彼が出てきた。
ふてくされた彼の前髪には寝癖がついていて――大きな蒼い瞳の
周りは真っ赤に張れ上がっていた。
 あまりのツナの、ディーノへの構いよう(ツナには他意はない)
にいじけた彼は、洗濯物の中で不貞寝をしていたのだ。
 俺なんて、もういなくてもいいんだ――その手足に似て
少々短絡的な彼の思考は、すでになげやりだった。



 彼の姿を見つけると、ツナはそっと彼の脇下を
支えて獄寺を自分の方に近づけた。


「よかった・・探してたんだよ?」


 安心したと、いうツナの微笑みに一気に獄寺の
ご機嫌ゲージはMAXに戻った。



――十代目が、俺のことを探して・・!!



 泣きはらした眼をきらきらと輝かせて獄寺は
感激に打ち震えた。単純な彼も彼だが、無意識に彼を
上機嫌にさせるツナも子育て(?)の何たるかをしっかり
心得ていた。



「そうそう、獄寺君に・・渡したいものがあってさ」


 思いついたように近くの紙袋を取りに行ったツナは
その中から小さなシャツを出して、獄寺の眼の前で
広げた。
 それは黒地に銀でロゴの入った――子供用のTシャツ
だった。


「いつも俺のお古でしょ?獄寺君こういう柄が好きなのかなーって
思って買ってもらったんだけど・・」


 ツナの言葉に彼は飛び上がりそうになった。と、同時にその
大きな眼が零れるくらいどっと、涙が溢れた。先ほどとは異なる
嬉し泣きだった。


――十代目が、わざわざ俺だけのために・・!


 自分の好みまで考えて服を用意してくださるなんて・・!
三歳児の男泣きである。獄寺のオーバーな感情表現に慣れて
いるツナも苦笑して、その小さな頭をくしゃくしゃと撫でた。



・・これだから、ほうっておけないんだよな、獄寺君って。



 小さな鼻が思い切りティッシュを噛む様子を眺めながら
ツナは言葉にすれば彼が本当に天国へ行ってしまいそうな
台詞を胸の中で唱えた。



 それから、黒いTシャツに着替えたご機嫌の獄寺と
ツナの母親にさんざん好きな食べ物をねだったディーノが
ツナの隣(でどっちが寝るか)をめぐって激突(可愛らしい
いさかい)を起こすのはディーノの歓迎会の二時間後の
ことである。



 結局、ツナの隣を一歩たりとも譲らない二人にベビーシッター
の方が根負けして三人はリビングに布団を広げると仲良く(?)
真ん中が一番長い川の字を書くことになった。