愛してるなんて、そんな甘い嘘。
[ 薔薇の密室 ]
執務室のドアを開けるといつも彼のシルエットは
逆光になっていて、俺の真後ろでドアが閉まると
同時に彼は席を立つ。
薔薇の浮き彫りが施された白磁のカップと揃いの
絵柄のソーサー。沸かしたての湯が溢れるポットに
先ほど届いたばかりの特上の紅茶葉を添えて。
両手に抱えたティーセットをサイドテーブルに置くと
俺は決まって彼のキスを待つ。肩に回される腕、頸にかかる
吐息、徐々に頼りなくなる俺の立位。
舌がもつれ合う頃には、互いの息の端しか分からなくなって。
ここが何処で、相手が誰で、俺が何をしているかなんてもう
どうにでも良くなるんだ。
肌蹴たシャツの奥の素肌を吸い付くように愛撫する男の
少し白髪まじりの柔らかな髪を、引き抜かないように優しく
梳きながら、俺はゆっくりと彼の半身を受け入れる。
半分同じ血の混じった男の、熱くて硬い杭を。
「9代目は必ず、午後3時に紅茶を嗜む。お前は
用意されたものを持っていけばいい。ただし――
そこで何をされても、どんな目にあっても決して
口外するな」
そう言ってお盆の上のティーセット一式を
渡されたのは、俺がイタリアについたばかりの
ある晴れた午後だった。
完結に俺の初仕事を述べた黒髪のヒットマンは
声のトーンを落として、俺のスーツの胸ポケットに
赤い小瓶を押し込んだ。
「部屋に入ったら、気づかれないよう・・中のものを
湯に混ぜろ。後のことは俺が、すべて何とかする」
手短に加えられた密約に、ただ頷いた俺に彼は
薄く笑って、キスを落とした。
――うまくやったら、褒美をやろう。
お前の、望むままに抱いてやる。
欲の滲んだ真っ黒な瞳に、心も身体も縛られて。
俺は執務室のドアをノックした。9代目のお気に入りと
いう薔薇のティーセットに、罪の香を乗せて。
彼のご褒美が欲しくて、血縁と情を交わす俺を
ためらいもせず、疑いもせず抱きしめる貴方に。
少しずつ抱き始めた、同情とも憐憫とも異なる
微かに甘い、締め付けられるような一つの感情。
それを愛だと気づいても俺は。
スーツを剥いだ先の陰謀に、どんな泣き声を上げても。
欲望の火照りを冷やす午後の紅茶に、仕組まれた甘美な毒薬も、すべて。
この交代劇を仕組んだ俺からの手向けなら。
――その椅子に座するものが貴方の愛した小さな身体なら
貴方も、本望でしょう?