[ 生まれた日 ]




「・・そういえば、今日リボーンの誕生日だったよね」
 パソコンのキーボードをカタカタと打ちながら向かいに
いる黒髪の男に言うと、彼は机に置かれたコーヒーを口元に
近づけながら、ああ、と答えた。
 日々会議と報告書のチェックに忙殺されていると、互いの記念日の
感覚さえ分からなくなってしまう。しかも、俺の誕生日の翌日が
ボンゴレの創立記念日(初代ボンゴレの誕生日)になるため
一切合切の祝い事は10月15日に執り行われる。俺とリボーンの
誕生日はまぁ・・余興みたいな扱いだ。


「・・何か欲しいものある?」
 試しに聞いてみたが、彼は頸を振った。毎年同じ答えだ。最強と呼ばれる
銃の腕と、年々冴え渡る美貌と、測定不可能と言われた知能指数を持つ
伝説のような男が、一体何を望むのか俺にも分からない。



「プレゼントなら、毎日もらってるからな」
「そういえば、毎月何か送られてくるよね」

 深紅の薔薇の花束とか、鍵つきの高級車とか
――この前は無人島がまるまるひとつクルーザー付きで
送られてきて、びっくりした。そういうものを彼は眉の動き
ひとつ変えずに受け取る。それから先は知らない。


「リボーンのファンなの?あれって・・」
「愛人に決まってるだろ」
「・・あ、そう」
 はっきりと言われて俺は下を向いた。ふて腐れているところを
見られて馬鹿にされるのが悔しかった。不可抗力と分かっていた
けれども。


「・・でも、プレゼントって誕生日とか特別な日に送る
ものなんじゃないの?」
 高価な時計とか指輪とか、オートクチュールのスーツとか。
どれも気合の入った捧げものだった気がしたんだけど。
「誕生日だからに決まってるだろ」
「・・は?」
 だって、君の誕生日は今日なんじゃないの、と言いかけた俺を
信じられないような彼の言葉が遮った。


「誕生日をひとつにすると、いろいろと面倒くさいだろうが」


 しばらく、俺は黙った。彼の言葉を初めからゆっくりと辿って
やりかけたパズルのピースをひとつずつ収めるように、一問一答を
反芻した。出てきた結論は――


「・・今日はリボーンの誕生日じゃないの?」
「当たり前だろ。殺し屋がプロフィール明かしてどうすんだ」
 まして誕生日なんて知られたら致命的なもの、表に出して
何の得がある、と彼は切り捨てた。確かに彼の一切の経歴は
謎だった、出生や所属したファミリーの変遷まで。知られていた
ことは彼が腕だけは確かな冷徹なヒットマン、ということだけ
だった。


「・・ひどい。ずっと俺やみんなを騙してたの・・?」
「勘違いするな、例外は無いんだ。誕生日なんて
存在したところで祝う価値なんて無いからな」
「俺はそうは思わないよ」
「・・だから、専用の記念日をつくってやったんだろうが」
「それが俺の誕生日の前日?」
「まぁ、・・たまたまな」


 そういった彼の唇がゆっくりと近づいてきて俺は眼を閉じた。
いつの間に傍らに立っていたのか俺にも分からなかった。
気配を隠すことも、本心を絶対見せないことも超一流だったけど
そのとき彼が見せた申し訳そうな眼差しを俺は十年経っても
忘れない。忘れるはずがない。



 10月13日はあの小さな家庭教師がいきなり俺の家のリビングに
上がりこんできて衝撃と真実を告げた嵐のような一日だった。