[ 10月14日午後八時 ]
会議が無事済んだ後彼となだれ込んでしまってから
何時間経ったのだろうか。うとうとしながらサイドボードの時計を
見ると午前12時を過ぎていた。
あんなに自分を強く抱きしめていた男の影はもうない。
「・・こんな時間に仕事かよ」
頭を掻きながらのろのろと起きて、コップの中の
ミネラルウォーターを飲み干した。
――別に、そばにいて欲しいなんて頼んだわけじゃないけど。
今日くらい、一緒にいてくれたっていいじゃないか。
寝起きの機嫌はすこぶる悪くて、あのばか・・と枕を壁に
ぶつけたら、サイドボードからぽとりと真っ白な封筒が落ちた。
中を開けると――ミラノにある先日オープンしたばかりの
レストランのチケットが入っていた。記載された予約の時間は
午後八時・・一緒にディナーでも、ということだろうか。
珍しい計らい(そんなことはイタリアに来て初めてだった)に
一気に機嫌を取り戻して、俺は投げつけた枕に頭をおいて
瞳を閉じた。今夜会ったら俺を一人にした恨み節をさんざん
聞かせて思い切り誕生日プレゼントを強請ってやろうと思った。
その後とんでもない衝撃が用意されていることをその時の
幸せな俺は・・全く予想できなかった。
***
上機嫌でお気に入りのスーツに袖を通して、新装したばかりの
レストランのVIPルームに足を踏み入れると、既に到着して
いた例の男は起立して俺の座る椅子を引いた。純白のテーブルクロスが
かかったテーブルの真ん中には深紅の薔薇の花束が鎮座して
誕生日を祝うという意味でなら最高のもてなしに近かった。
その後の、爆弾のような発言を聞くまでは。
「・・ボンゴレをやめようと思うんだ」
最初に注文したワインを一口飲んでから、彼は徐に言った。
冷静な面持ちで一言だけ。でも、俺は持っていたグラスを落とし
ようになった。紅色の液体が硝子の中で大きく揺れた。まるで
こころの動揺を指し示すように。
「――何それ?聞いてないよ」
「言ってないからな」
「・・リボーン、冗談もいい加減に」
彼は懐から白い封筒を取り出して俺の前に置いた。
辞表だ、と中身を確認しなくても分かった。
「・・嫌だ、受け取れない」
「そう言うと思ってたけどな」
彼はそう言い放ってから立ち上がり、帽子をかぶりなおして
すたすたとドアに方に歩き出した。
声をかけたかったが目の前の封筒の存在が自分をこの――贅を
つくしたような部屋に置き去りにした。
待ってとも、行かないで、とも声をかけることは出来なかった。
俺の24回目の誕生日は、ミラノの華のような夜景を臨むレストランの
最上階に置いてきぼり・・という最悪なものだった。