☆今日の占い☆
てんびん座の貴方・・今日は我儘な先輩に振り回されて
いらない気苦労をしょい込みそう☆たまには、開き直ることも
必要みたい。ラッキーパーソンは、頼りになるクラスメイト☆
意外なところから、恋の花が咲くかもね♪
[ カフェ・ボンゴレへようこそ! ]
大凶。厄日。天中殺。どんな言葉を並べても今日という
アンラッキーデーを言い尽くすことは出来ない。
目の前の絶望的な光景を眺めながら、ツナは朝偶然手に
取った雑誌の占いコーナーのコメントを反芻していた。
今日のてんびん座は・・たぶん一番運が、悪い。
まず、登校したばかりのツナは学ランに身を包んだ
あきらかに中学生には見えない集団に四方を囲まれ
応接室に強制連行された。いつもツナの右側を離れない
忠犬のような男は、たまたまトイレに行っていたのだ。
がくがくと怯えるツナを待っていたのは、もちろん応接室の
主である風紀委員長だった。必死に眼を合わせないようにしていた
ツナだったが、トンファーの先で顎を上向かされ――ドアの周りには
例の風紀委員達が立ち並び・・彼には全く逃げ場がなかった。
「今日はね、君に頼みごとをしようと思ってさ」
トンファーの先がぎりぎりと顎に食い込んでいる。ひとに
頼みごとをする態度ではもちろんないが、彼はそれでも最大限
ツナに対して「お願い」をしているつもりだった。
「実は、君に臨時風紀委員になってもらおうと
思ってね」
彼はツナの返事を待たない。いつでも、彼の脳内でツナの
返事は「YES」だった。このがくがくと震える今にも倒れそうな
小動物が自分に逆らうというシナリオを、彼は持たない。
雲雀の言葉に頷いた後ろの風紀委員が、おもむろに
茶色い紙袋を取り出した。その中身をほぼ強制的に手
渡されたツナは、それを見て卒倒しそうになった。
いまや現実の方が、今すぐにでも覚めて欲しい地獄のような
悪夢だった。
――だ、だれか・・助けて・・!!
手渡されたものを抱えながら、ツナは声にならない叫びを
上げた。あまりの恐怖に涙さえ涙腺の奥に引っ込んでしまった。
この先自分を待ち構える運命のことを想像すると、いっそ今すぐ
世界が滅んでもかまないくらいツナは投げやりになっていた。
もちろん、ツナには逃げる道はなかった。
「赤ん坊がさ・・美味しいケーキが食べたいって言ったんだよね」
そうことの経緯を説明した雲雀の背景には、お花畑が広がって
いた。例の応接室の一件以来、リボーンにぞっこん状態の雲雀は
彼が望めば世界の一つや二つ簡単に壊してしまえるくらいの破壊力を
もって、真ん丸黒目のヒットマンを愛していた。一途な純情だ。
それはかまわない、とツナは思う――ただし、自分は一ミリも
関係ないのだが。
「それで、今日は応接室でケーキ屋をやろうと思うんだ」
その発想は常人には理解しがたい。彼はいつも独特の雲雀ルールで
動いていた。愛する人がケーキを食べたいと言えば、彼は学校を
休校にさせてまでケーキ屋を開店する。その原動力は海より深く空より
広い愛で――それを支えるのは、一言で学校のスケジュールを
変えてしまえる権力と、有り余るような財力だった。
人手が足りない、という理由で半ば拉致されたツナは泣き出しそうに
なるのを必死でこらえて、彼が用意したケーキ屋の制服に袖を通していた。
まずは発色の綺麗なピンクのミニスカート(ツナはこれをはくくらい
なら窓の外から身を投げたほうがましだとさえ思った)
その上からかける、白いレースの縁取りの付いた丸型のエプロン。
上衣は少し変わっていた・・胸元が大きく開いたブラウスは、おそらく
胸のラインを強調するために設計されたのだろうが、ぺったんこのツナが
着るとなんとも空かすかとして、かぼそくなった。しかも、袖が無い。
袖は、丸いちょうちんのような形で、後から腕に通すようになっていた。
つまり・・このウエイトレスルックは、肩から鎖骨、背中にかけての
ラインが丸出しなのだ。男の浪漫が凝縮されたような衣装は、ツナが
着ると、細い頸や引き締まった肩、華奢な背中があらわになり・・
別の意味で艶があった。
腰の後で大きなリボンを結び、頸にそろいのリボンを巻くと
ツナは目の前の自分の姿に絶望した。
――これは悪い夢だ、きっと覚める・・!
泣きたくなって、ツナは頸を大きく振った。今日のことは
すぐ家に帰ったら忘れようと思った。こんな格好をさせられて
風紀委員喫茶でウエイトレスをするのと、死を覚悟で逃亡すること
――ツナは本気でその二つを天秤にかけた。
・・とりあえず、生きて帰る方を彼は選んだ。幸い学校は休校
委員長の気が済めば釈放させてもらえるだろう、とツナは思った。
着替えたツナが更衣室を出ると、すでに応接室の改装工事は
終了していた。真っ白なレースが天井からぶら下がり、ピンクの
ストライプが入った硝子の壁の奥に木目の美しいテーブルと椅子が
数脚並んでいる。玄関の先のショーウインドーには、どこから入手して
きたのか既に美味しそうなケーキが立ち並んでいた。
ストロベリーショート、チョコレート、モンブラン、レアチーズ
・・お菓子好きには天国のような光景の横に、息も凍るような格好を
した風紀委員長が立っていた。彼はツナと全く同じ形の・・紫色の
ウエイトレスルックだったのだ。
――神様・・!
学校内に突如として現れたオープンカフェの中で
美味しいケーキに囲まれて。迎えるウエイトレスは
露出の多い女装をした風紀委員長とそのしもべ。
――ツナは、あのとき窓から身を投げてしまえばよかったと
本気で思った。
「なかなかいい感じじゃねーか」
ことの元凶が店に入ってくると、彼は全身からハートマークを
飛び散らせながらリボーンに近づいていった。
「こ、これ・・似合うかな。リボーン」
言葉だけなら、初デートを迎えたカップルのようだが。
片や至上最強の一歳児ヒットマン。片やラブラブウエイトレス
仕様の風紀委員長である。この二人に突っ込むことはすなわち死を
意味する。
もうぐうの音も出ないツナは、げっそりとした顔つきで
二人を見守っていた。見るつもりもないのだが、ツナの身体は
なぜか椅子に縛り付けられて拘束されていた。二人の愛の巣で
あるケーキ屋が開店するまで、彼は逃げることさえ許されない。
――もう、勝手にしてよ・・
ツナはこころの中で涙を飲んだ。とりあえず、無事にケーキ屋は
出来たし自分も着替えてきた。リボーンも、彼も満足したみたいだ。
これでこのケーキ屋さんごっごが済めば自分は解放される――そう
ツナが胸を撫で下ろした矢先だった。
「じゃあ、綱吉。後は頼んだからね?」
赤ん坊を腕に抱えたご機嫌な彼の一言が、ツナを奈落に
突き落とした。
「・・え・・い・・今、何て・・?」
叫び出したい衝動をこらえてツナは、縋るような眼を彼に
向けた。聞き間違いだと、思いたかった。
「これからリボーンと出かけてくるから、戻ってくるまでに
完売しとくんだよ?」
表情は笑顔だが、台詞は鬼だった。いまいち状況がつかめない
ツナは両目を見開いて彼と陳列したケーキを交互に見た。
ショーウインドーの中に100個、後の大型冷蔵庫に保管して
ある在庫を含めるとゆうに500個はあるだろう。
彼の言わんとすることが分かってツナは一気に血の気が引いた。
どこに行くかなんて野暮なことを聞く気はなかった。ただ自分の
置かれた状況の絶望的な姿に、あまりのショックでツナは石のように
固まった。
非情なオーナー権先輩ウエイトレスは、最愛の人を抱えるとその格好の
まま、元応接室を後にした。
取り残されたツナはウエイトレス姿に椅子で縛り付けられたまま、しばらく
放心状態だった。売らなければ死、逃げても死。究極の選択だった。
のんびりとケーキを食べに行った二人の後ろ姿を見送りながら、ツナは
あまりの理不尽さに泣くことさえ出来なかった。
ケーキ屋も、山盛りのケーキも、ウエイトレスも全く意味を成していない
――が、発案者と主賓は大満足だ。それはいい――彼らが何をどうしようと
構わない、とツナは思った。自分は、一マイクロも関係ないのだから。
――なのに・・
どうしてこんなことに・・!?
砂糖で出来た不良債権を抱えたツナが、絶望のあまり真っ白な
天井を仰いだその時だった。弾むような声と、ばたばたと廊下を
走る音が飛び込んできてツナは、縋るようにその音のする方を見た。
縄を解いてもらって逃げよう、と彼は思っていた。