「あ、もしもし・・京子ちゃん?
ごめんね、今日・・遅くなりそうなんだ。
先に寝ていいから。うん、・・そう職場の
取引で、ね。うん――愛してるよ」




[ CALL ]




 受話器を置いた俺を一瞥すると、彼は
脱ぎかけのズボンから下着をずり下ろし
後ろから臀部を両手で掴んだ。
 日焼けをしていない双丘を揉み解される
だけで、喉元をため息に似た掠りが通り過ぎる。



「愛してるなんて・・いい旦那さんじゃん、ツナ」



 妬いちゃうなーと、耳元で笑みを零しながら
彼は固まった俺の心を体ごと解していく。
「あ・・だめ、山本・・早く」

 大きな手で包み込むように愛撫されるだけで
手の奥に位置する――後ろの入り口が、ずきずき
して仕方がない。俺は熱くて固い彼のそれが欲しくて
見っとも無く腰を左右に振った。どんなに淫猥と
揶揄されても、彼がくれる刺激を我慢することは
出来ない。



「後ろって使わないだろ?十分ほぐしてやらないとなー」



 既に滴り落ちるものがある俺の先端を右手で握ると、
彼の気配が薄暗く笑った。俺の零したはしたない蜜を
人差し指で拭うと、すでに収縮を繰り返している奥の
入り口に突き立てて――無造作にかき回す。

「あっ!やだぁ・・っ、山本っ・・もう――」

 彼の太くて長い指が、内部を擦るように駆け抜ける度
果てきれない切なさを持て余した俺の熱が、内側から
俺を壊していく。


「もう指じゃイけない?」


 笑みを含んだ問いに、俺はがくがくと頸を上下に
動かした。それがどんなに陵辱で屈辱的なことかは
分かっていたけれども――理性なんてとうに本能に
明け渡していた。


 俺は彼の刺激にだけ敏感な、動物になってしまったんだ。



「山本・・早く――来て」



 泣いているのは痛いからでも、恥ずかしいからでもない
気持ちがよ過ぎて、苦しいから。
 早く、彼の熱いそれで、果てたい。


 彼は根元まで押し込んでいた指を、急に引き抜いて
耳元で問いかけた。十分な固さをもった熱い塊を
俺の入り口に押し当てながら。



「ツナ、――俺のこと愛してる?」
「愛・・してるよっ――だからっ」



 目の前のお預けが切なくて、俺は電話機に
しがみ付いたまま頸を左右に振った。
熱い彼で打ちつかれたくて、狂ってしまい
そうだった。



「俺も、愛してるよ・・」



 彼の返事が合図になって、俺は後ろから
突き刺すような熱い波を受け入れた。
流れ込む度、心も体ごと持っていかれそうになる。
引き抜かれる度、切ない疼きが甘さを伴って俺の脳裏を襲う。
――まるで、麻薬のように。



 10年来の親友に、久しぶりに再会したのは先月の
ことだった。彼は重要な取引をしていた会社の代表
取締役になっていた。
 俺に優先的に――重要な仕事を回してくれる
そういう約束で、俺は彼と身体を結んだ。
 仕事には生活が掛かっていたから、俺は
彼の条件を飲むしかなかった。


 初めはただの取引だったのに、遊戯のように密会の
目的は変わっていった。俺は次第に彼に溺れていった。
 仕事の関係がなくなっても、俺は毎週土曜日きまって
彼の部屋を訪れるようになっていた。



 すでに、最愛の妻を抱くことが俺にはできなくなっていた。



 肉と肉が限界まで繋がりあう卑猥な音を聞きながら
俺は――・・ついこの前まで当たり前だった光景を
脳裏に描いた。


 玄関を開けて、のれんをくぐると・・
赤いエプロンを着けた京子ちゃんが笑顔で迎えてくれて
彼女は大根とナスが入った味噌汁を作っていて
スーツを脱ぎながら塩加減を味見すると
ちょうどご飯が炊き上がる音がして――


 それは中学校からずっと思い描いていた夢だった
はずなのに。
 チャイムを押せばいつでも再現される日常の出来事
なのに――



 どこでどう、道を間違えてしまったのだろう?



狂ったように腰を打ち付ける彼の、歪んだ口元から
零れるうわ言に、俺は耳まで侵される気がして眼を
瞑った。

 何度も、何度も、愛してると繰り返す真っ黒な波は
押し寄せる数だけ俺を・・罪深くさせる気がした。








(一万ヒット部屋より再録)