[ 世界で一番美味しい料理 ]
「リボーン!おかえり、遅かったね」
「・・なんだ、そのふ抜けた顔は?」
徹夜の取引を終え、ぐらぐらする頭を抱えて本部に帰った
リボーンは、さらに己の頭を悩ませる光景に歓迎され・・低くうな垂れた。
ピンクの愛らしい柄のエプロンに身を包んだ、我らが10代目は
ボールいっぱいの小麦粉を捏ねていたのだ。
決して、「新婚さんごっこ」をしていたわけではない。
ツナは空中に舞った小麦粉で、白粉を塗りたくったような顔に
なっていた。そこにあるのは色気でなく、むしろ食い気に近い。
「その格好はどうした」
「あ、部下の人が買ってきてくれたんだよ」
似合ってる?と、のん気にエプロンの端を持ち上げるツナに
リボーンはため息を落とす。
「それ、誰かに見せたのか?」
「ううん、リボーンが初めてだよ」
ならいい、と一応彼は頷いた。ボスの無邪気なエプロン姿が
外部に流出したら、と思うと気が遠くなったのだ。
だいたいツナにこんな姿で迎えられて、理性がまともに
保てる奴がいるかさえ怪しい。
「で、何を作ってるんだ」
「クッキー。リボーンは確か、大丈夫だったよね」
ツナの部下の中には、それを見ただけで腹を下す人間もいる。
「俺は甘いものは苦手だ」
「うん、砂糖控えめにしたよ」
そうか、とリボーンは少々驚いた。自分の趣向を分かってきているのなら
上々のものだった。ただ、肝心のクッキーづくりの理由が分からない。
「どうしたんだ、いきなり・・」
ネクタイの結び目を解きながらリボーンが尋ねると、
「お花見をしようと思って」
ツナは生地を両手で捏ねながら、答えた。
「花より団子、っていうけどお団子は分からないし、
クッキーくらいならできそうかなって」
「誰に作り方聞いたんだ?」
「ビアンキだけど」
リボーンは即刻そのお菓子つくりを中止させた。
何で!と怒るツナの唇を自分のそれで封じ込め、ベッドに
直行する。
無理やり押し倒してエプロンを引き剥がすと、ツナは
抗議の声を上げた。
「リボーン!せっかくのクッキーが・・」
「俺はお前を頂くからいいよ」
「何言って・・んっ――」
――お前の方が、甘くて美味いからな。
ツナは文字通り身体で黙らされ、白くむせ返った
キッチンでは、置いてきぼりをくらった生地がしなびていた。
「だいたい、何でお花見なんて思いついた?」
ことが済んでから、拗ねたままベッドから出ないツナを
見やってリボーンは尋ねた。
「・・もうすぐ4月だよ、リボーン」
肩越しから聞こえた小さい返事に、リボーンはボタンを
かける手を止めた。
思えば二人がイタリアに来て、一年。いつも真夜中や
暗がりで仕事をすることの多いリボーンは、季節の変わり目を
感じることなく毎日を過ごしていた。
かたやツナも、厚い防弾ガラスの向こうの透き通った空だけが
外の世界、という生活を送っていた。
カレンダーを捲るのを忘れても、手帳の予定表はいっぱいだった。
――もう・・春なのか。
木々が潤い、花は咲き乱れ、人々は色めき合う。万年常春の
ような場所に住んでいても、身体に染み付いた春夏秋冬の流れは
そうそう消えるものでもない。
――思えば、ツナを連れて外出することも少なかったな・・
たいがいそれは会議か取引に伴う出張くらいで、バカンスのひとつも
ツナと過ごしていないことにリボーンは気がついた。
「・・分かった。今度のオフには、景色のいいところに連れてってやるよ」
「ほんとっ!?」
喜びいさんで飛び起きたツナの顔に、リボーンは狙い済ましたかのように
キスを落とす。
「ただし、手作り弁当はなしだ」
「えーっ!!」
思考を先読みされ、しかもそれを止められてツナは口を
とんがらせる。
「お前で十分腹いっぱいになるからな」
「リボーンはいいかもしれないけど、俺は困るよ!」
いまいちかみ合っていない会話にリボーンは笑って、
今度バカンスに行ったら自分の言葉の意味を・・十分ボスに
分からせないとな、と思った。
どんな名コックの料理より美味しいもの・・それを味わえるのは
リボーンただひとりだけだった。
<終わり>