仕事は簡単だった。
右手の人差し指にほんの少しだけ
力をこめればよかった。




[ 哂う男 ]




 裏切り者の始末はボスの仕事だ。
身の程を知らない不届き者を地獄へと
葬り去る。
 命乞いをするもの、さらなる裏切りを
重ねようとするもの、背中を向けて逃げるもの・・
死にゆくものの最期の悪あがきは様々だが
この男だけは違った。


「俺、君を殺しにきたんだよ?」


 拳銃を向けた先でのん気にコーラを飲んでいる
男は、日本にいたときからの幼馴染で
中学のときからずっと・・親友だった。


「ひさしぶりだな――ツナと話すの」


 俺の言葉を聞いていたか、否か。
彼はコップを置くと俺の前に進み、自分の心臓を確実に
捕らえた拳銃を一瞥して、笑った。
 何の曇りも無い、笑みだった。



 死を前にしてこんな風に無邪気に笑う男を
俺は今だかつて見たことが無い。



「山本、俺の話聞いて――」
 彼の造反でボンゴレの構成員200名の
命が散った。東支部を任され、将来を有望視された
男の裏切りはファミリー全体に波紋を呼んだ。
 打ち首にして、晒しものにしろ、と叫んだ
幹部もいた。旧交を温め、自ら彼を日本に
呼びつけたボスが直々に処分することで
紛糾した会議は決着した。
 あとは、結果を提出するのみだった。


「俺、ずっとさびしかったんだぜ?」


鉛色の銃口を正面から見据えながら、彼は俺の
言葉を遮った。


ツナのそばにいたくてイタリアに来たけど、
ツナはファミリーのことばっかりに夢中でさ。

  あの家庭教師は四六時中ついてるし、東支部に
呈よく追い払われちまってさ、お前に会えるの
会議だけじゃん。


 笑う彼の恨み節を、俺は胸の中で否定した。


――違うよ。君を信頼してたから、支部長に置いたんだ。
君が幹部に昇格すれば・・本部に置くつもりだった。

 長老会が納得するだけの、栄誉と経歴を彼に
授けたかっただけ。あと数年我慢すれば、確実に
俺の側近になれる――エリートコースを用意した
はずだったのに。



 そばにいられない日々が、彼を内側から
壊したのなら、責任は俺にもある。
 俺は両目を閉じて、彼と歩んだ10年の日々を
振り返り、それを記憶のダストボックスに捨てた。
 余計な未練はボスには無用だ。たとえそれが
どんなに愛し、信じた存在であったとしても
裏切り者に例外はない。



 目の前に立つ彼の、ちょうど心臓のあたりに
俺は愛用の短銃を押し付けた。
 この距離でなら、痛みを感じることもなく
即死だろう。君に指一本触れさせるつもりはない。
俺は彼の躯に、火を放つつもりだった。


――親友として、もっとも愛し・・尊敬した人を送るために
俺ができることはこれが全てだった。


 山本は、心臓の真正面に突き刺さる拳銃を
右手で掴んだ。俺は思わず両目を見開いて彼を
仰ぎ見た。彼と俺は20cm以上背が離れているから
彼と見つめ合うと、銃の先が見えない。


 彼は、冷たい鉄の塊を握り締めたまま
少しばかり困ったような微笑を浮かべた。
 俺はそんな彼の表情を知っていた。
告白されたとき、付き合えないと言った俺に
浮かべた微笑だった。


 それは十年前の――


「思い出すなぁ・・」


 彼の言わんとすることが分かって俺は
思わずそのまま身を引いた。引き金を引けば
事が済むのは十分承知していたはずなのに、
血の気の引いた右腕に、どうしても力が入らない。


 彼は右手で銃口を胸に押し付け、左手で
俺の腰を掴んで自分の方に押し付けた。 
 慣れた手つきが、器用にベルトをはずし
ズボンのチャックを下ろしていく。



犯られる前に殺す?
それとも、犯ってから?


――俺、死ぬ時は腹上死がいいな。



 お前を上にしてさ、と彼は語尾を下げて
微笑んだ。10年前校舎の裏で無理やり俺を犯した時
と同じ声色だった。


 彼の温かい左手は、すでに俺の性器を弄んでいるのに
トリガーにかけた指を引くことが・・
――どうしてもできなかった。