その少年のひどく怯えた瞳と、震える血の気の無い唇
雨に濡れた華奢な身体が脳裏に焼きついて消えない。
俺の運命はとっくに狂ってしまっていたんだ。
――彼に出会った雨の夜に。
[ destiny ]
――雨が近いな。
ベンツの後部座席から降りる時、鉛色の空を見ながら
ディーノはそう思った。天気と同様、気分も重苦しかった。
キャバッローネファミリーのボスが、同盟関係にある
マフィアの出店祝いに訪れたのは金曜日の午後、だった。
場所はミラノ郊外――知る人ぞ知る、娼館街だった。
マフィアは大概風俗店とつながりを持っていた。店同士の
いさかいを納め、治安を守る――というのは建前で
マフィアは風俗店から上納品として、多数の金品を受け取っていた。
その礼として、マフィアはその店を顧客の接待の場として
用いた。マフィアが落とした金は、そのまま上納品として彼らに
送られる――人と金の闇の流通はいわばこの世界の不文律だった。
「これはこれはディーノ様、お忙しいところをありがとうございます」
店の支配人らしい男が、揉み手でVIPを迎え入れた。さすがにその笑顔
に嫌味はなく、綺麗に整った髭が話すたびに上下に揺れている。
ドアの上には「banbino」と赤い電飾で書かれた看板が輝き、
外装はさながら中世のお城風であった。
ディーノは看板を一瞥すると、男に軽く会釈をして店のドアをくぐった。
こういう店に出入りするのは、あいかわらず気分が乗らない。
「キャバッローネのボスが来たぞ」
「あれが・・噂の。まだガキじゃないか」
ディーノが案内された席につくと、周囲が微かにざわめいた。
半年前電撃的にキャバッローネの10代目に就任してから彼は
その圧倒的手腕と、人心掌握術を持ってファミリーをマフィアの
上位に押し上げた。
民間人出身の、30にも満たない若者が成し遂げた偉業に
イタリアマフィアの幹部達はすぐ彼の周囲を洗ったが
目だった前歴も、驚くような血筋も見当たらなかった。
ただひとつ確かなことは、彼が半年前まではミラノの
平凡な花屋の主人で、彼を見出したのは伝説とも言われる
最強のヒットマンだということだけだった。
適材適所とは、まさにこのことを言うのだろう。
ディーノはふう、とため息をつくと眼を閉じ
有象無象の揶揄中傷を聞こえない振りをした。
興味や敵愾心で見つめられるのにはもう十分慣れていた。
「我が『バンビーノ』の開店祝いにようこそお越しくださいました」
店のホステスが持ってきたワインを、ディーノはぐいと
飲み干した。
店のフロントの奥は吹き抜けのホールになっていて
ところどころにソファとテーブルが設置してあった。
その奥にはグランドピアノと小さなステージ、向かいには
洒落たバーカウンターが設置されている。
内装だけなら何処にでもあるような普通のクラブだったが
たったひとつだけ異様な点があった。
それはお客を出迎えたのが、18歳にも満たない少年ばかりで
その誰もがアジアや欧米など異国の雰囲気を醸し出していたこと
だった。
「バンビーノ」は、不法滞在する異国の少年や人身売買で
取引された身寄りのない子供を――男娼として売る会員制の
違法高級クラブだった。