彼に失望したわけでも
騙された、と恨んでいるわけでもない。


  この胸を突き刺すように残る思いは一つだけ。


 嘘をついてでも、一緒に逃げて欲しかった。




[ destiny 2 ―side:T― ] 




 田園風景から見慣れた街角に戻る車窓を、ツナは呆然と
眺めた。自分の隣に座る先ほどの小柄な男は、腕組をしたまま
運転席を凝視している。


 二人を乗せたベンツは、イタリアで1、2を争う強大なマフィア
ボンゴレファミリーの本部へ向かっていた。

 ボンゴレファミリーは、いわゆるマフィア創成期から存在する
由緒正しい老舗マフィアで、それと頂点とする「ボンゴレ同盟」
に所属するマフィアは大小合わせて30に上っている。

 ディーノが立て直したことで有名となった、キャバッローネファミリー
は「同盟」の中では第三勢力に属しており、彼の名声もあいまって
今一番勢いのあるファミリーとして名を馳せていた。


ぐんぐん追い抜かされていく景色を見つめながら
ツナは先ほどのやり取りを記憶の底からゆっくりと
引き上げた。
 尋常でないディーノの驚き様。リボーンという名の
男を見たときに感じたたとえようも無い恐怖。
 そして――彼が暴いた真実。


   ツナにとっては、事実など実際は取るに足らない
ものであった。ディーノの鍵が爆破装置付きだったこと
それにより間者を始末したこと――などは、マフィアの
ボスとして考えれば、至極「罠」として定石のもの
だった。
 自分を囮にしたことさえ――受けた衝撃程は、後悔を
感じなかった。ツナは、彼を信じていたし――愛していた。
 だからこそ――と、ツナは思う。


 ずっと騙されていても、利用されていてもよかったのだ。
望むことはただ一つ、そばにいることだったから。

 嘘をついてでもいいから、一緒に逃げて欲しかった。


 ツナは両目を固く閉じると、身を焦がすような思いに
蓋をした。彼のもとを出た以上、思うことさえ許されない
気がした。
 またいつか、どこかで彼と巡り合ったとしても
この鍵のついた箱の中の思いを彼に伝えることは
できない。


――自分は、彼と別れたのだ。



 それがツナにとっての事実だった。
 自分を連れ戻しに来た謎の男――リボーンは自分を何処に
連れて行き、何をさせるつもりなのだろう。そして・・自分と
ディーノのことを知りつつおそらくは「泳がして」いた
彼の真意は?


――この真っ黒な箱と、闇色の眼を持つ男が導く運命は?


 両目を閉じたまま、ツナはシートにもたれ掛かり
高速を抜ける僅かな振動に身を委ねた。


 彼がいないのなら、目を開けていても
――視界に写るのはモノクロの世界だった。