真っ白な皿にはスクランブルエッグとサラダ、
狐色をしたトーストが並んでいる。彼はブルーベリー
ジャムをトーストの表面にさらさらと塗ると、ツナに
差し出した。

 ツナが一口それを齧ると、彼は満足そうに笑って
ポットのコーヒーをカップに注いだ。二人でいることが
無上の幸せ、といった表情だった。


「あのね獄寺君・・」
 ツナはトーストを皿の上に置くと、こう前置きして
彼に話しかけた。
「俺は・・何者なの?」

 ツナの問いに、彼は一瞬だけ動きをとめたが
湯気の沸き立つコップを置いてから決意を滲ませた
眼をツナに向けた。
「貴方は――・・」


  彼がおもむろに口を開けたその時だった。

「もう十分だろう。休めたか?ツナ」

 刺すような声がして二人が振り向くと、扉に
もたれ掛かるようにリボーンが立っていた。
 ホテルの前で彼とは別れたはずだったのに
ツナは、いつから彼がこの部屋にいたのか
分からなかった。


「でもリボーンさん・・」 
 何やら異議を唱え始めた獄寺を
「たいがいお前はツナを甘やかし過ぎなんだ。
また――寝首をかかれるつもりか」
 と、リボーンは口調を早めて牽制した。
 ツナは呆然と、二人のやり取りを見ている。

 しかし、と獄寺はあきらめず立ち上がって
答えた。
「お咎めは俺だけにしてください。
どうか、10代目の叱責だけはご勘弁を!!」
 今にも赤い絨毯の上で土下座をしそうな
勢いに、ツナは必死な彼と冷然とした
リボーンを交互に見つめる。


「責任は俺にもある。もちろんこいつにもだ。
記憶がないのは、理由にはならない。
――ボスとして当然の責務は負わせる。
それが幹部会の決定だ」


 淡々と言い放たれた彼の言葉に、何か言いかけて
獄寺は口を噤んだ。これ以上の反論は無用、という
判断だった。幹部会の決定は絶大なのだ。


 本部でお待ちしております、と獄寺はいい
ツナに一礼した。耳を垂れた飼い犬のような
彼の表情が、なぜか脳裏に焼きついて消えない。


――俺は・・こんな彼の表情を知ってる?


 何かを思い出しかけて、思わず席を立とうと
したツナの肩を、リボーンは引いた。
 お前はここに残れ、という意味だった。

 名残惜しそうな獄寺を、ツナは眼で会釈をして
見送った。
 重厚なドアが音を立てて閉じた途端、リボーンは
ツナの肩を掴み上げると、そのまま彼をベッドに
引きずっていった。


「痛っ・・何す――」
 無理やり寝室に押し戻され、ベッドに仰向けに
なりツナは腰と背中をさすると、彼を睨んで
抗議した。


「・・本当に、何も覚えていないのか?」


   自分を見下ろすリボーンの表情は真剣で、どこか
縋るような眼をしていた。冷徹な彼からは考えられない
必死さを含んだ声に、ツナは言葉を失って――ただ、
頷いた。

 ツナの返事にリボーンは、安堵と少しばかりの
落胆をため息に変えて落とした。
「まぁいいさ、幹部会には上手く言っておいてやるよ」

 思いもよらぬリボーンの優しい言葉に、ツナは
薄茶色の瞳を大きく開いて彼を凝視した。


「で、俺とのことも忘れちまったんだな?」


 彼の問いの意味が分からず、ツナは頸を左に
傾けた。腕組をしてツナを見下ろす彼は僅かばかり
哀しそうに笑っている。

 リボーンは返事の無いツナを一瞥すると、
両膝をついてベッドに乗り上がった。彼の体重で
軋んだスプリングが、僅かだが不穏な音を立てる。
 いきなり自分の上に乗りかけた彼の姿に、ツナは
驚いて身体を起こした。その両手を、リボーンの手のひらが
掴み取る。


 ――カチン、というわずかな金属音がしてツナは
自分の左手首を見つめた。細いくびれに掛かる銀の輪に
ぶつかるもう一つの・・鎖があった。

 彼の右手首についていたのは、自分のそれと
瓜二つの――銀の手錠だった。

 戦慄と恐怖のあまり、声なき声を上げたツナの
唇を、薄く笑った黒髪の男のそれが封じる。
覚えていないのなら、思い出させてやるまで
だった。


――おかえり、ツナ。


 耳元で囁かれた言葉を聞いたときツナは、
自分を苛んでいたものは、この手錠の先の戦慄
ではなく――眼もくらむような官能であることに
ようやく・・気がついた。