「あれー!ツナ、犬飼ったの?」
偶然通学路で出くわした山本に話しかけられ
俺は足元を見た。
「迷い犬・・なんだけどね」
例の黒い犬がうちに来てから一週間が経っていた。
が、探し犬の張り紙や広告は一切なく、犬好きの隣近所に
問い合わせても、こんな犬見たことないと言われ、
俺は正直途方にくれていた。
俺の心配をよそに、その犬はどんどん俺に懐いて
学校の行き帰りには必ずついてくるようになっていた。
「吠えちゃだめだって!」
そいつは山本を見ると背中を逆立てて、グルグルとうなり
威嚇したが俺が注意すると、尻尾を落としておとなしくなった。
それでも、俺の両足にまとわり付いて離れないため
山本も苦笑した。
「随分懐かれてるなー」
うん、と俺は頷く。瀕死のところを助けたのだから
犬が懐く気持ちもよく分かる。でも、情が移ると離れ
難くなるから・・俺はその犬に名前をつけなかった。
――早く本当の飼い主のところに、戻してあげなきゃな。
しかしそいつは下校時間には、ぴったりと校門に張り付いていて
俺を見つけると、喜び勇んで駆けつけてくるのだ。
いったいどうやって時間を知るのだろう。
彼は、『並盛中の忠犬ハチ公』として
校内では有名になっていた。
俺がベッドに横たわると、そいつももそもそと
ベッドにもぐりこんでくる。食事も風呂も寝るところも
一緒、が俺と彼の生活スタイルになっていた。
もともと気は強いものの、さみしがり屋なのだろう。
俺の姿が見えないと家中探し回るし、勝手に家を
出て行くと怒って追いかけてくる。
彼は追いつくと、俺のシャツを軽く噛んで
引っ張るのだ。
――俺も連れてけ、と言わんばかりに。
「クロちゃん、ほんとにツー君のこと好きだよね」
母親はのほほんとした様子で、既に犬に安易な
名前までつけていた。
気に入られていることは嬉しいが、いずれ元の
飼い主に返すことを思うと・・少しだけ気がめいる。
――それが彼にとっての幸せなんだ、と俺はずっと思っていた。