いつものハト公園にも、学校にも、図書館にも
獄寺君はいなかった。普段彼とほとんど一緒に過ごして
いる俺には、他に彼がどこにいるのか検討もつかない。


「・・獄寺君、どこに行っちゃったんだろう」
「この辺りにいるって言ってたからな」
 そう遠くへ行ってないだろう、とリボーンは言った。
確かに雲雀さんはそう言った。黒豹の彼の鼻でなら狼の
匂いも嗅ぎ分けられるのかもしれない。


「分かれて探すか」
 リボーンに言われて俺は頷いた。見つけても、絶対に
走り寄るんじゃないぞ、と彼に釘を刺されたけれどその
意味を俺は分かっていなかった。


 彼と分かれてからもずっと俺は走った。息が切れるほど街の
あちこちを探した。犬の姿では入れなかったコンビニ(彼と
サンドイッチを半分こするのが好きだった)、一緒に勉強した
図書館(獄寺君は英語の本をさらさらと読んだ)
手を繋いで夕焼けを眺めた川べりの道(俺と彼の
お気に入りの帰り道だった)どこもかしこも彼との
思い出で溢れていて・・俺は走りながら涙ぐんだ。
こんなに自分の生活の中で獄寺君が、当たり前に
なっていたなんて、彼が居なくなるまで全然・・
気づかなかった。
 獄寺君がこんなにも、俺の生活に溢れていたなんて・・


 彼がいなければ見えなかったもの、感じられなかったものが
たくさん世の中にはあって。


 それを教えてくれた彼が今ここに居ないことが悲しくて・・
寂しくなった俺がふと、足を止めたときだった。


 まだ探していない二人だけのお気に入りの場所の存在に
気づいて俺は来た道を舞い戻った。
 息を切らせながら駆け上がったのは、屋上へ通じる
学校の一番奥の階段だった。




 何段か飛ばして駆け上った段の先・・錆びた鉄の扉の向こうの
先に――膝を組んで座るよく見た灰色の影を見つけて俺は叫んだ。


「・・獄寺君・・!」


 俺の言葉に気づいた彼は立ち上がると、一瞬困ったような顔をした。
何も言わずに逃げ出してしまったからかも、しれない。


「十代目・・」
 うろたえた様子の彼に近づくと俺は開口一番、「獄寺君のばか」と
言った。何度も言った。自分で何を言っているのか分からないくらいに。


 俺に罵倒されて獄寺君はよりいっそうしょげた。・・気の済むまで「ばか」と
言って俺は、傾いた彼の体にそっと抱きついた。離れたのは二時間ほどの間
なのにもう何年も彼と言葉を交わしていないような気分だった。


「・・心配したんだ、よ」
「――申し訳ありません」


 彼の言葉がどんどん小さくなるので、俺は首を振って獄寺君を
見上げた。悲壮な蒼い眼は涙と一緒に零れ落ちてしまいそうだ。


「・・ごめんね、俺も・・言いすぎた」


 余にも、知らなくてもいいことを知りすぎてしまったんだ。
大切なことは、たったひとつだけだった。


 君と、一緒にいたい。


 いつか俺が彼のために命を差し出すことになっても。
彼のかかった魔法が解けて、すべて泡になってしまっても。




 獄寺君が離れてしまったのは、密猟者との戦いに俺を巻き込みたくないから
――それは痛いほどよく分かる。俺は何の力も持たないから、帰って足を
引っ張ってしまうだろう。


 一緒にいたとしても、いつか俺は彼を置いていく。リボーンの話が本当なら。
でもそれは・・辛いけど仕方ない。獄寺君が死んでしまうより、ずっといい。


 彼にかけられた魔法が彼を生かす唯一の術なら俺は。
そのために命を投げ出しても構わないんだ、なぜならそれが
俺と彼を結びつけた奇跡だから。
――彼が居なければ、きっとこんな幸せを感じることもなかった。


 彼が居なければ、空の青さや夕焼けの暖かさに感謝したことも
なかったよ。


 答えはとても単純でそれを告げるのは一言でよかった。
繰り返し願った思いを告げるには。


「・・俺の――そばにいてよ」


 俺を置いていかないで、君のいない世界でひとりにしないで。
君が魔法という名の夢を見ている間は俺を君の「ご主人様」で
いさせて。


 俺が茶色のジャケットをぎゅっと掴むと、獄寺君の両手が
そっと俺の肩を包んだ。温かくて大きな手、俺の大好きな
獄寺君の遠慮がちな両手だった。


 十代目、といわれて俺はうんうん、と頷いた。俺を
呼ぶ彼の声がとても愛しかった。その声に包まれて
いられるならもう何もいらない――そう祈ったとき、
何か固いものが俺のわき腹を貫いた。


 鈍い痛みと熱が湧き上がって俺が、ジャケットのポケット
の辺りを見ると、茶色のそれに紅い染みがじわじわと
広がっていた。
 彼を見かけても駆け寄るな、とリボーンに言われたことを
俺は徐々に広がる自分の血を見ながら思い出した。

 意識がなくなる寸前まで誰かが必死に俺の名を 呼んでいた。