もちろん、変わらないことだってたくさんある。

俺と獄寺君は一緒に起きて、ご飯を食べて二人で並んで
学校に行った。彼はイタリアからの交換留学生ということ
になっていた。その目立つ外見から、彼が転入した当初から
クラスメイトの間でファンクラブが出来たぐらいだった。
彼は俺以外の人間を寄せ付けなかったから、女生徒の間では
獄寺君は孤高の王子様みたいに扱われていた――みんなから
慕われ頼りにされていた山本とは、対極の存在だったのだ。


「また一緒にいるのかーほんとお前らって仲いいのな」


 俺と彼に声をかけるのは、クラスでも山本くらいだった。
どんなに獄寺君が睨みつけても、彼はにこにことして表情
一つ変えないし、後から俺が詫びに言っても、山本は嫌な
顔一つしない。
 本当に、できたクラスメイトだなぁと思う。


「獄寺って日本語ぺらぺらなのに、ツナとしか
話さないもんなー」


 笑った彼がぽんぽんと何気なく俺の肩を叩いたから
俺は瞬間的に、やばいと思った。獄寺君が怒り出すんじゃないかと
思ったのだ。でも彼は、山本が俺の肩にかけた手をさっと振り払った
だけで、そのまましらんぷりをして廊下を歩き出した。
――その反応に驚いたまま声も出ない俺の、右手を引いて。


 山本に、左手で拝んで「ごめんね」と言うと廊下の端にいた
彼は笑って、手を振った。



 廊下を突き抜けて俺たちが向かったのは屋上だった。
昼ごはんをここで食べてきたばかりだったけど。二人きりに
なりたいときはいつも、俺と彼はここに来る。
 屋上に通じるドアがばたん、と閉じた途端彼は右手を離して
くるりと回れ右をすると・・謝罪と一緒にお辞儀をした。


「・・申し訳ありませんでした、十代目!」


 彼のお詫びはいつも潔い――だけど、彼が何に対して
詫びているのかが分からない。


「・・何にも、怒ってないけど?」


 俺が離された手を左手で握って答えると、彼は視線を
伏せてこう言った。


「十代目も、たまには・・俺以外の奴と話したい時も
あるでしょうが・・」


 どうやら、俺と山本の会話(どう考えても山本が
話しかけていたのは獄寺君だった気がするけど)を
遮ったことを気にしていたらしい。


「俺、どうしても・・我慢できなくて」


 彼があまりに悔しそうに、申し訳なさそうに言うものだから
その真剣さが――逆に面白くて俺は、ぷっ、と笑って
しまった。獄寺君は、我慢していたのだ――俺と山本の
会話を黙って聞けるなんて、当初の彼を思えば格段の
成長だった。それでも・・彼なりの葛藤はあるらしい。
 俺は別に、話し相手が獄寺君だけで十分なんだけど、ね?


「・・我慢しなくて、いいよ」


 俺が彼の右手をそっと握ると、獄寺君の俯いた顔面は
真っ赤になった。
――獄寺君、照れてるんだ。


 俺もつられて顔が熱くなってしまったけど、もう
それを恥ずかしいと思わなくなった。俺だって彼の
そばにいたい。
――俺も、獄寺君のこと独占したいんだよ?


 それから二人で屋上の壁に腰掛けて、流れる雲や
重なる鳥の影やらを数えて俺たちは過ごした。チャイムは
既に始業を告げていたけれども、二つの影は動かなかった。
 俺の右手に彼の左手を重ねて、俺たちはただのんびりと昼下がりを
満喫した。繋いだ手の先から、言葉にできない温かいものが
流れ込んでくる気がした。幸せ、というものかもしれなかった。



 犬でも、人間の姿でも獄寺君はずっと俺のそばにいてくれた。
最初はそれが彼の恩義の示し方で、彼は忠義でそばにいてくれるの
だと思っていた。でも・・彼が犬に戻ってしまったあの日、彼が俺の
そばにいるもうひとつの理由を、俺は人間の彼から学んだ。
 それはちょっと・・いや、かなり痛くて恥ずかしいものだった
けれど俺は全然嫌じゃなかった。彼じゃなきゃ、到底受け入れられない
ものだった。でも、俺は何一つ後悔してないし、獄寺君でよかったと
思っている。


 俺が好きなのが獄寺君で、俺を・・好きだと言ってくれたのが
獄寺君で、本当に良かった。


 俺がそっと、彼の肩にもたれると・・覗いた横顔はやっぱり
真っ赤だった。彼の銀の髪がさわさわと揺れて、夕陽に照らされたそれは
暁に染まって本当に綺麗だった。


 ずっと二人一緒にいられると、俺は思っていた。幸せだった。
だから、こんな甘酸っぱい日々があんなに簡単に壊れてしまうなんて
思いもよらなかったんだ。