俺が、彼の本当の姿を知るきっかけは突然やってきた。
にわか雨がやんで、空気が打ち水をしたように冷えた夕方の
ことだった。
チャイムが鳴ったので、買い物に出かけたと思った俺が
玄関を開けると・・ドアの前には、真っ黒なスーツを着た
10歳くらいの少年が立っていた。
「あ・・あの・・」
家の間違いかな、と思った俺が来訪の理由を聞こうと
した瞬間。
「・・リボーンさん・・!」
俺の後に立っていた獄寺君が、その少年の名前を叫んだ。
その声は驚いていたし・・こころなしか震えているよう
でもあった。なんとなく嫌な予感――不安に襲われた俺が
彼の方を振り向くと、獄寺君は
「・・すいません、十代目!!」
と、言って頭を下げ廊下をUターンした。その先にはリビングと、
庭しかない。獄寺君、と呼んで追いかけたものの彼の姿は
部屋のどこにもなかった。
ただ、開け放たれた窓から通る風でカーテンがめくれ上がり
庭の植木鉢が二三、何かにぶつかった様に倒れていた。
「獄寺君・・」
事情が飲み込めず、茫然として立ち尽くす俺の横に
いつのまにか立っていた例の真っ黒ないでたちの少年は
その様子を見てため息をついた。
「やっぱりここにいたのか・・」
リボーン、と呼ばれた少年の言葉に俺は
思わず
「・・獄寺君のこと、知っているの?」
と聞いた。彼が俺の家にやってきてから
彼のことを知っている人物に会ったのは
初めてだった。
真っ黒な瞳で俺を見上げた黒い帽子の少年は
やれやれ、と肩を落とすと
「・・知ってるよ。少なくとも、ここに来る前の
奴のことならな」
と言った。
「・・どうして、獄寺君は逃げて――」
俺が言いかけると、少年は遮るように
真っ黒な帽子を取ると、リビングにあった
椅子に腰掛けた。
「全部話してやるから、とりあえず喰うもん
よこしな」
突然やってきて、無断侵入したわりには
随分横柄な態度だったけれど、なぜか独特の
存在感を持っていたその子供には、我儘を言う
姿がよく似合っていた――もともと、横暴な性格
なのかもしれなかったが、背に腹は変えられない。
俺は頷いてから麦茶をコップに注ぐと、足を組んで
腕組みをしている彼に渡した。作り置きのカレーに火を
かけると、中辛の匂いがキッチンに充満した。
獄寺君を追いかけようにも、彼がどこに行ってしまったのか
見当がつかない。それに目の前の子供が現れたときの彼の
表情が脳裏に焼きついて消えない。
彼は、驚いて藍の両目を見開いた瞬間、ものすごく哀しそうな
顔をして、笑った。
お別れみたいな・・微笑みだったのだ。
二人分のカレーを食卓に並べると、リボーンは
それをがつがつと無言で平らげた。随分な勢いだったから
彼は相当お腹が減っていたのかもしれない。
数分でお皿を空にしたリボーンは、牛乳をごくごくと
飲んで、開口一番
「お前はどこまで知ってるんだ」
と聞いた。挑むような、鋭い目つきだった。
俺は彼がこの家に来てから・・覚えている限りを
全部話した。いきなりやってきた素性も知らない来客に
彼のことを告げるのは一種の賭けに近い気がしたけれど・・
それでも俺は獄寺君のことを知りたかったし、彼がなぜ
逃げてしまったのか、彼はどこに行ったのか・・目の前の
少年がその答えを握っているような気がしたのだ。
俺の話を、表情を変えずに聞いていたリボーンは
話し終えた俺を見るなり視線を和らげた。彼は少しだけ
笑ったようにも見えた。
「・・今はこんな主人のもとにいたんだな・・」
その柔らかい口調が意外で、俺は彼を見つめたまま
黙々とカレーを食べた。獄寺君を探しに行く前に、腹ごしらえを
しておいた方がよさそうだった。
「まず、ひとつだけ訂正しといてやるよ」
と、リボーンは立ち上がって言った。子供だと言うのに
異様に似合うスーツ姿だった。
「あいつは、犬じゃない。獄寺は――
奴の正体は、こっちでも希少な絶滅寸前の・・
灰色の狼なんだ」
彼が帽子の向きを整えながらそう言った瞬間
俺はあまりの衝撃に持っていたスプーンを皿の上に
落とした。反射的に口の中の物を飲み込んだけれど
カレーの味は、まったくしなかった。