ごくん、と生唾を飲み込んで彼の言葉を反芻する。
「灰色の狼」・・確かに彼はそう言った。



 どんなに張り紙をしても、ご近所の犬好きに聞いても
図鑑を探しても彼がどんな種類の犬か分からなかったその理由。



――あの姿は・・狼だったんだ。



 自分の思い違いに茫然とする俺を一瞥すると
彼はやっぱりな、とため息をついた。
「・・何にも、聞いてないだろ?あいつから」

 何もいえなかった俺はただ、頷いた。彼の過去について
知りたいと、場違いな嫉妬心を抱いたこともあった。でも
彼が俺のことを・・一番大切、と言ってくれた日から俺は
そんなことはどうでもいいと思っていた。彼の正体が何で、
これまでどこにいてどんな生活をして、何を思っていたのか
知りたくないといえば嘘になる・・けれど、今彼が俺のそばにいる
ことを選んでくれた・・そう望んでくれたのが一番嬉しかったんだ。


 分からないことはたくさんあった。リボーンの来訪を見て突然顔色
を変えた彼。その哀しそうな微笑。何の説明も、理由もない逃亡。


 獄寺君と彼は、どういう関係なのだろう・・?


 俺がそう聞こうとして、真っ黒な瞳を見つめると
そのこころを読んだのか黒スーツの子供は
「俺は、あいつの昔馴染みだよ」
 と言った。あいつの一番嫌いな、ハンターなんだけどな、と付け加えて。


「・・ハンター?」


――獄寺君が、一番嫌いな・・?



「世界中のハンターがあいつを追ってる。狼の中でも
特に灰色はレアなんだ。捕まえて皮を剥げば高く売れる」



 彼の言葉に俺は絶句した。獄寺君は追われていたのだ。
自分の命を狙う連中から、ずっと。



「俺がここに来た時点で、奴も追っ手が近いのに
気づいたはずだ。ハンターってのは、獲物の情報に
鼻が利くからな」


「じゃあ・・獄寺君は」


 何とか紡いだ言葉の先が、どうしても言えない。
彼は、見つかってしまったのだ。天敵というべき
存在から。・・それが意味するものは。


「大方、お前を巻き込みたくなくて 逃げ出したんだろうな」


 リボーンの言葉に、膝の力が抜けた俺は
真後ろの椅子に倒れるように腰掛けた。
 予想もしなかった真実を次々に明かされて
俺の足らない脳みそは全く動かなかった。
 ただ・・かろうじて、彼が立ち去った理由だけは
胸が痛いくらいに理解できた。
 追っ手がかかれば、彼は俺に迷惑をかけると
思ったのだろう。相手の標的は自分だけだから
逃げだせばいいと、思って。


――でも、どうして何も言わずに・・


 彼が突然目の前から消えてしまったのが
悲しくて俺は両目をごしごしと擦った。


 本当は追いかけたい・・でも、彼は深くお辞儀をして
謝って哀しい瞳を残して去っていった。
 もう会えない、とその眼は言った。


 俺に迷惑はかけたくない、望まぬ争いに
巻き込みたくない・・その気持ちは痛い程
よく分かる――でも。


――こんなの・・嫌だよ。


 固くつぶった瞳から零れたものは、今までに
流したことの無い涙だった。悔しくて悲しくて
辛い・・きりきりとこころが痛むのは
彼の望みを知ってしまったからだった。



 彼のいない世界で、俺が幸せに暮らすこと。



 それが・・彼が別れの直前、俺に残した哀しい微笑の
理由だった。