思わず零れてしまった涙を右手の甲で擦ると
俺はリボーンと雲雀さんを交互に眺めた。


 真っ黒いスーツにおおよそ子供らしくない口調の子供に
学ランを羽織った鷹のように鋭い目を持った、謎のひと。
 でも・・どちらも、俺の知らない獄寺君を知っていて
どちらも――彼にとっては「味方」のようだった。


 「呪いを解いた人物に一生を捧げる魔法」
――それが、俺と獄寺君を結びつけた。
 あの日、やせ細った「犬」の姿をした彼が
玄関先に現れなかったら・・彼のそばにいたいと
願わなかったら、今の俺はここにはいない。


 たとえそれがいつかは覚める夢でも・・
獄寺君のことを好きって伝えたのは、俺の
本当の気持ちだったのだ。


 どんな彼を知ったって・・いつか魔法が解けて
俺のことをなんとも思わなくなったって俺は
――君のことが。


 考えるほどに熱いものがこみ上げてきて俺が
頸を左右に振るとその様子を見ていた雲雀さんが
真っ黒な眼を細めた。


「この子が、今度の餌食なんだ?」


 そうリボーンに問う口調は嬉しそうでもある。


「今度はまた、純朴そうなの選んだね」
「手ぇ出すなよ。かみ殺されるぞ?」


 まさか、と彼は両肩を上げた。何が「餌食」なのか
俺にはさっぱり分からない――いつか、獄寺君に
食べられてしまう、ということなのだろうか?


 リボーンは、おどけて肩を下ろした雲雀さんを
見上げると「目星はついてるのか?」と言った。


「この近辺にはいるみたいだけど・・詳しいところまでは分かんない」
「お前の鼻でも無理か」
 リボーンが語調を落とすと、彼は申し訳なさそうに苦笑してから
「後でもう少し役に立つの、つれて来るからさ」
 と言った。礼を言うように頭を下げたリボーンは、俺の方に
振り向くと
「何ほうけてるんだ、行くぞ」
 と行った。


 彼の言葉に俺はぱちくりを眼を開けた。
行く――とは、追いかけるということだ。
 確かに俺もそうしたくて堪らないけれど・・


「・・追えないよ」


 あんな眼を残した彼を追えない。逃亡の理由も事情も
彼の思いも知ってしまった。俺は――


 そばには、いられないんだ。



 めそめそとしながら弱弱しく頸を振ると、スーツの下の
細い手が、いきなり俺の右手首をつかんだ。ぐい、と腕ごと
上向かされて俺は・・その先の真剣な瞳に息を飲んだ。


 凍るような冷たさの中に・・確かに炎が燃え上がっている
そんな瞳だった。


「お前が行かないで、どうするんだ?」


漆黒の瞳が、俺に勇気を問いかける。
彼の真実を知る勇気。彼を守る勇気。
彼の――


「お前は獄寺の・・何だ?」


 リボーンに言われて、俺はごくんと生唾を
飲み込んだ。


 答えなんて、分かりきっていたのに
俺は何を躊躇していたのだろう


 たとえ彼がそれを望まなくて俺は彼と
・・ずっと一緒にいたい。

 初めてキスを交わした朝、そう祈ったはずなのに・・!


 俺は深く頷いて、沈みこんだ思考を浮上させた。
彼との日々が俺にとっては大切な――特別な思い出だったのだ。


 もう一度だけ、彼に会いたい。


 魔法が解けてしまってもいい。
もう二度と会えなくなってしまっても、いいから。



 その時彼に伝えたいたった一つの言葉を、俺は
涙と一緒に飲み込んだ。
 まだ、チャンスは残されていた。