もう一度正面を見据えた俺の目の前で
雲雀さんがふっと笑った。何か満足したような
微笑だった。
「小動物のわりに、根性はありそうだね」
・・君は合格かもしれないよ?と言った彼の姿が
いきなりぐにゃり、と曲がった。真っ黒な影が広がり
それが収束して形どったもの・・それは漆黒の毛並みが
覆う世にも美しい真っ黒な瞳を持った、豹だった。
「・・・」
言葉にならない俺が腰を抜かしそうになると、リボーンは
それを何食わぬ様子で見ながらトリガーに弾丸を数発装填した。
子供とは思えない手さばきだった――確かに彼は
プロのハンターなのかもしれない、そう思わせるほどに。
「行くぞ」
彼が短く言うと、雲雀さん――いや黒豹の姿になった
彼は玄関と反対方向に引き返した。窓を抜け、ブロック塀を
ひらりと乗り越える。
・・あんな姿をした彼が商店街で見つかったら大騒動だろうな
場違いな感想を抱きながら、俺はリボーンと一緒に走り出して
いた。雲雀さんにはまた別の目的があるようだった。
「・・リボーンと雲雀さんって・・」
街を駆け抜けながら俺が聞くと、彼は露骨に面倒くさそうな顔をした。
「・・何が聞きたいんだ?」
「その・・どういう関係なのかなって」
見たところ彼は凄腕のハンターで、もう片方は
希少な動物(しかも人間の姿になれる)のようだった。
狙うものと狙われるものが行動を共にするのは、部外者には
奇異に映った。
「・・あいつは俺の獲物じゃねーよ」
リボーンは舌打ちしながら言った。どうやら質問には
答えてくれるらしい。
「え?でも・・」
リボーンはハンターなんじゃ、と言おうとすると
「俺はレアものや絶滅危惧種、魔獣の類のハンターじゃない。
俺の担当は・・人間だよ」
彼の言葉に俺が二の句を失うと
「俺は人間の命――いわゆる魂ってやつを狩ってる。
薄汚いハンターの命ってやつは地獄の連中には高く売れるんだ」
「・・命に、値段が付くの?」
「いや、基本的には命は等価だ。それに値段をつけるのは天使と
悪魔と・・地獄の番人くらいだな。善人の魂は何のプレミアも
つかないのに、悪人のそれはびっくりするくらい高いんだ。
だから――俺みたいに魂狩りを生業にする連中が出てくる」
彼の言葉は心臓が凍りつくくらいに冷めていた。
命を狩る・・それは人を殺す、ということだ。
それが彼の獲物なら――それで彼が生計を立てていると
したら仕方がないことなのかもしれない、でも。
俺が知らない、知ってはいけない世界を垣間見て
しまったような気がして俺は、生唾を飲み込んだ。
目の前を走る子供を、初めて・・怖いと思った。
そんな俺を見やって彼は、口の端を上げた。
俺が怯えたのをからかう様な笑みだった。
「・・心配しなくてもお前は殺さねーよ。
まだ時期じゃないしそれに――」
「それに?」
何だか不安が立ちこめて俺が聞き返すと、リボーンは
立ち止まって俺の正面に立った。見つめ上げる瞳は
真剣で、その底のない黒さにこころまで吸い込まれそうに
なった。
「・・あの狼には呪いがかかってる」
語調を落として、彼は端的に告げた。
瞬きひとつしない瞳が・・それを真実だと
告げている。
「誰よりも愛した主人を、早くして失うという
呪いだ。毛並みの色を変えた代償に、それがリスクに
なった。・・だからあいつはここに来るまで九人、
主人を失ってる」
リボーンの言葉に俺は絶句した。
・・じゃあ『十代目』、というのは。
「お前は十人目の犠牲者なんだ」
彼の言葉に一瞬、俺の視界が暗転した。