「あいつを救うには、最初の魔法を解いてやるしかない。
でも――そうすると・・」
リボーンは一瞬語尾を曇らせた。何かとても言いたくなさそうな
瞳だった。
「主人の命で永らえていた命が絶える」
彼の言葉に魔法を解くことに一縷の望みをかけていた
俺の心臓は一気に・・鼓動を弱めた。灰色であることが招いた
魔法と呪いの連鎖はそんなにも――抗いがたいものなのか。
「あいつが生きていられるのは、かつての主人の命
あってのものだ。すでにあいつは狼の寿命の100年以上は
生きてる」
つまり、万に一つ魔法が解けたとしても彼には残された
命が無いのだ・・彼は恐ろしくも悲しい呪いで生かされて
いたのだから。
「じゃあ・・俺は――」
残された選択肢は二つしかない。彼のために俺が命を繋げること
――もしくは、黒い狼として生き続け新たな主人を探すこと。
そのどちらも、俺と彼は一緒にいられない。
今生の、世界では。
彼が言うように「魔法」はそんな生易しいものでは
無いみたいだった。かけるにも解くにも、それ相応の
代償が付きまとう。元来規定されたものを変えるのが
そんなに罪なのか、自分の髪の毛を気軽に染める世界に
いる俺には分からない。
獄寺君は俺が思うよりずっと珍しくて貴重で
「向こう」の世界では特別な存在なのかも、しれなかった。
真実に茫然とする俺を横目で見ると、話し終えた彼は
小さくため息をついた。彼の過去と真実を巡る長い長い
旅だった。でも、肝心なことが分からない。
「・・リボーンと獄寺君はどういう関係なの?」
敵ではないことは分かる。むしろ・・獄寺君に対して
好意的でもある。そもそもリボーンと彼は敵対する関係に
あるはずなのに――リボーンは彼の状況に対して同情的だ。
リボーンは俺をちらりと見ると、誤解するなよ、と
言った。
「・・あいつが真っ黒になったのには、俺にも原因があるんだ。
あいつの姉が俺に勝手に惚れたとき、ビアンキは眼に映るものを
全部黒くした。ちょうど追っ手から逃げていたあいつも、その
とばっちりを食らったんだ」
「・・それで黒だったの?」
あまりの裏事情に唖然としたものの、彼のお姉さんの一方的な
好意と趣味で黒くされた彼のその後も前途多難だったようだ。
リボーンがあんまり申し訳なさそうな眼をするので、俺は思わず
苦笑した。リボーンが彼に対して親身なのは、彼の苦労の一端を
自分が担っていると自覚しているからだった。
――冷酷そうな眼をして、案外律儀なのかもしれない。
「・・仕方ないよ、リボーン」
俺は笑ってそう言った。すべては過ぎたことだ――それに
原因が分かっても、今の獄寺君を変えられる術は無い。
びっくりすることにも、悲しくなることにも耐性が出来て
しまったみたいだった。
約束できる未来は皆無に等しい。でも。
俺は――彼の「今」が欲しい。それが永遠に続かなくても
かまわない。
どうしても、彼に伝えなくちゃならないことがあるんだ。
彼の魔法が解けるその前に。
俺が彼を置いていくその前に。
リボーンの前を歩き出した俺を見ると、彼は
「・・見上げた根性だな」
と言った。推測だけど、きっととても珍しい褒め言葉
なんだと思う。
「獄寺君には・・驚かされっぱなしだったから」
もう慣れちゃったよ、と俺は振り向いて笑った。
涙は道端に置いていく事にした。