Knock the DOOR
・・ピンポーン、がチャ。
「おかえりなさい十代目!
ご飯にしますか?それともお風呂?」
・・獄寺君、それ新妻の台詞だよ?
チャイムを押した早々、待ち構えていたように開いた
ドアの向こうの笑顔に俺は――ため息を吐いた。
たぶんこの自称右腕は補習を終えた自分の帰りを
玄関先で今か今かと待っているのだ。
その証拠に、チャイムを押したほぼ瞬間にドアが開く。
「今日はですね、十代目の大好きなデミグラスソースの
オムライス作りましたよ・・!」
無邪気な笑みが得意げにキッチンを指差す。
彼は家事一般が意外な程得意だ。
そのまめさは奥さんというよりは、ハウスメイドに近い。
本当はデミグラスソースが特別に好きなわけではない。
以前にオムライスにケチャップをかけたとき、何を考えたのか
獄寺君がその赤で「ILOVE十代目」と黄色の上に書いたのだ。
あまつさえそれをスプーンで丁寧に区切って
「はい、あーんしてください十代目」と差し出したものだからたまらない。
その日からうちではオムライスは箸で食べることが常識になった。
「それに今日は、コラーゲン100%お肌ぷるぷる
アロエ風呂ですよ・・!」
・・獄寺君俺、男だよ。
お肌をぷるぷるにしてどうするのさ・・と俺は額に手を当てた。
獄寺君は入浴剤マニアだ。・・というのも以前に俺が
お歳暮にもらった日本秘湯巡りシリーズをなかなかいいね、と賞したら
何かを勘違いした彼が、次の日から入浴剤をしこたま仕入れてきたのだ。
楊貴妃のローズヒップに、金箔入りのクレオパトラの湯
小野小町の桜の湯・・どれもこれもうさんくさいネーミングで
それなりにいい香がした。けれど、俺はそれをほとんど
堪能することが出来ないままバスタイムを終えていた。
入浴にはいつもオプションで獄寺君がついてくる。
自分で出来る、と言うのに彼はタオルを腰に巻いて
いきなり乱入してくるのだ。
「俺に任せてください!十代目!」
・・君に頼んだ覚えは、ないよ。
彼は丁寧に俺の髪を洗い背中を流し、お湯をかけてくれる。
そこまではいい。けれど俺を洗いながら彼は別のことに没頭し始める。
・・いわゆるえっちなことだ。
困ったことに俺はそういうのが嫌いじゃない。
彼は、ブレーキが効かない。一回始まってしまうと
雪崩のようにもつれ合って気づくと、妙ににごった湯船の中で
俺はぐったりとしている。
俺を支える彼は疲れてはいるが満足げだ。
お尻と腰が痛くて(そしてそういう時は、大概俺は湯あたりする)
俺は、クレオパトラやら楊貴妃の気分に浸る前に風呂を出る。
あとは・・ひたすら謝りながら俺を介抱する獄寺君にすべて任せてしまう。
ちょっとだけ、優越感に浸りながら。
「同居だろうが同棲だろうが構わないが、ちゃんと授業には出ろよ」
高校に進学する時、獄寺君と一緒に住むよ、とリボーンに話したら
彼はこう言った。まぁ・・馬の耳に念仏か、と付け足しながら。
リボーンの言う通り、入学早々いやらしいことにふけってしまった
俺と獄寺君は当初から遅刻の常習犯だった。
授業に出なくても、テストで満点が取れる獄寺君と違って
俺はいつも赤点ぎりぎりだから、とりあえず朝までそういうことに
ふけるのはやめよう、と俺たちは約束をした。
なけなしの誓いだったけれど。
他にも我が家には不条理なルールがいくつか存在する。
一度使ったタオルはすぐ洗濯物にする
(あとでこっそり獄寺君が持ち帰ることがあるため)
衣類は共用しない
(俺が着た服を獄寺君が収集する癖があるため)
下着は自分で洗濯する
(彼に任せると一二枚無くしてくる)
一緒に暮らすまで彼はほぼ、間違いなくストーカーだった。
とても悪びれの無い、たちの悪い変質者だった。
そして困ったことに、俺はそんな彼を許してしまったのだ。
もう追いかけないで、待ち伏せないで、と言ったら彼は
次の日から学校に来なくなった。
一週間経っても何の音沙汰も無いので気になって彼の
マンションを訪ねてみると、餓死寸前の彼がからからに乾いて見つかった。
病院で音もなく落ちる点滴と、彼のざっくりと削られた頬を
見ながら俺は逃げられないと悟った。
彼の意識が戻ったとき、大泣きした自分の心情には・・
コンクリートで厚くしっかりと、蓋をして。
きらきらした銀の髪の持ち主が、赤いチェックのエプロンで
俺の答えを待っている。
だんな様、お夕飯とお風呂どちらを先に?
そんな表情だ。
俺は、にこにこした様子で忠犬のように返事を待つ
同居人に、第三の選択肢を投げかけた。
「・・獄寺君は、ないの?」
それからが、大変だった。
何がどう大変か、結論から言えば俺はそれから二日間学校を休んだ。
四十八時間も彼と行為にふけっているなんて思いもよらなかったのだ。
おかげでまたリボーンに雷を落とされた。
「馬鹿とハサミを試すんじゃない」
「・・すいません」
珍しく俺は反省した。彼はもっと反省した
(自制が利かないことをいつも彼は取り返しがつかなくなってから反省する)
しばらく彼は俺に近づかないとまで言った。
それは寂しいことだったので俺はわがままを言ってすぐに撤回させた
(獄寺君は喜んだ)
ただ、明日に響かないようにしましょう、と固く約束した。
若いから、まだ余ってるからでどんどん攻められると俺の
腰が抜けてしまう。我慢は健康によくないが、やりすぎは
胃腸と腰によくない。
「分かりました十代目!俺・・もっと気をつけます!」
彼の敬礼はあまり信用ならないけど、俺はそんな彼が好きだった。
いつも一生懸命で精一杯俺に尽くして、ブレーキをかけ忘れては
土下座する元ストーカー・現右腕が。
やりすぎはよくない、と固く誓った次の日。俺はいつもの
とおり帰宅した。今日は先日行為にふけったせいで
受けられなかったテストの追試だった。
チャイムを押したら直ぐに開くドアから俺を迎えた
彼は、開口一番こう言った。
「おかえりなさい十代目!
ご飯にしますか、それともお風呂?
今日は俺も、食べごろですよ・・!」
・・どこでそんなこと覚えてくるの?
どんなにお願いされても君だけは食べたくないな、と思いながら
俺は肩を落として玄関に入った。
俺と彼の悪びれないめくるめく日々はいつも突っ込みと諦めから始まり・・
愛の行為と、たしなめる優しさで幕を下ろす――そんな、毎日。