――気づいたのはいつからだったか?









『 emotions  』













「10代目・・誰すか?そいつ」

 足らなくなったダイナマイトを仕入れに、
イタリアに買い付けに行った翌日。
 俺はとんでもない失敗をやらかして
いたことに気がついた。

「ああ、彼?」
 俺にとって残酷なくらい可愛い顔で
10代目は笑う。
「野球部の山本。友達になったんだ」
 紹介された長身の男は、10代目の隣に・・
あたりまえのように立っていて
「よろしくな」
 と気安げに、笑った。


――いつの間に?


「・・獄寺くん、どうしたの?」
「別に・・なんでもないっすよ」
「嘘。さっき山本紹介してから、ずっと
授業休んでる」

 屋上でのうのうと煙草を吸っている俺を
わざわざ10代目が訪ねてくれる。
 俺にとってこんなに嬉しいことはない。
けれど今は――
「何か・・怒ってる?」

 そう、あたかも定位置のように
10代目の隣にいるあいつが忌々しくて。
そんなことでいちいち腹を立てている自分が
ガキみたいで。
でも。
そんなことでいとも簡単に崩れていく
俺の機嫌を10代目は取りに来てくれる・・
胸に湧く微かな喜びも、苛立ちと焦りにかき消され
煙草の味も分からない。


――貴方の気持ちを知りたい、という以外は。


「10代目が・・体張って助けたんすよね、あいつ・・」
「・・うん、まぁ。そうだけど」
 死ぬ気弾のおかげでね、と10代目は苦笑する。
「あいつ、10代目の何なんすか?」
「何って・・友達だよ?」
 向こうはそう思っていないと思うが。
「10代目は・・ダチのためなら命かけるんすか?」
「それは・・」
 そのときになってみないと分からないと、10代目は
言葉を濁す。
「そっすよね。所詮はダチっすから」
「そういうわけじゃないけど・・なんか獄寺君、
さっきからずっとおかしいよ」
 誰のせいで――と言いかけて、俺は言葉を
飲み込んだ。10代目を責めるなんてお門違いも
甚だしい。それは重々承知しているはず、なのに――

「山本のこと・・?」
 今一番言われたくない名前を呼ばれて、俺の
頭の血管のどこかが弾けた。
「・・だったら、俺のために体張ってくださいよ!」
 驚いた表情の10代目を、そのまま攫うように引き寄せる。
 見た目よりもずっと華奢な体を抱きしめたら、
柔らかい栗色の髪から僅かに柑橘系の香りがした。

「ごっ、獄寺君」
「俺だけじゃ、だめなんすか?」
 筋違いの嫉妬がみっともなくて、眼を合わすこと
さえできない。
「なんであいつなんすか?」

  ――はじめはただそばにいられるだけで
よかったのに。

今はあなたの隣を独占したくて仕方がない。

「獄寺君・・痛い。離して」
10代目の小さな肩が震えている。 
シャツ越しに伝わる鼓動は速く、それが
どちらのものかさえ分からない。
「こんなの、嫌だよ・・獄寺君」
涙に霞んだ震える声が、潤んだ瞳で俺を見上げる。
「10代目・・」
続く言葉を失った俺は、吸いこまれるように10代目に
口付けた。

 淡く朱色が差す唇は柔らかく・・
まるで熱を帯びているようで。
 

俺がおかした過ちに気がつくまで
そう時間はかからなかった。









<終わり>