[ essential ]
「ツナー、入るぞ」
執務室のドアをノックもせずに開けて撃ち殺されないのは
山本ぐらいだ。
黒地に細いストライプが並ぶジャケットを脱ぎながら、
彼はどかっと応接用のソファーに腰を下ろす。
来客用の調度品で寛ぐのも彼の癖だった。
「・・よくこんなところで落ちつくよね?」
昔から手榴弾やライフルが飛び交う中のんびりと
計算問題を解いていたのだから、彼のマイペースさと
環境適応能力は天性のものかもしれなった。
机の上を占領する書類にため息をつくと、俺は
飲みかけのティーカップを口元に近づけた。
難しい取引に痛む頭を、少しばかり摩りながら。
もともと心配症で胃痛持ち、テストの前には
不眠症になるという神経のか細さだった。
帰り際に買ったらしいミネラルウオーターを
喉を鳴らして飲む彼の姿を横目で見ながら、俺は
彼の半分でもいいからその――鷹揚さが
欲しいと思った。
空になったペットボトルを白黄色の大理石の
テーブルに置くと、彼は立ち上がって振り返るなり
こう言った。
「ツナーセックスしようぜ?」
「は・・?」
うーん、と背伸びをしながら近づく彼を見上げながら
俺は束ねた書類を思わず落としそうになった。
「あんまり考えると・・はげるぞ?」
俺が体、ほぐしてやるよと笑い
彼は俺が座る椅子の肘置きに手をかけた。
頭髪のことは余分だが、正面を塞がれて
俺には逃げ場が無い。
「ちょっと山本・・これ明日には出さないと
いけなくて」
提出だけならまだしも、絡まった糸のような
難題を打開する解決さえ思いつかない。
「一緒に考えてやるって」
ベッドの中でな、と彼は耳元で小さく囁き
真っ赤になった俺の耳たぶにキスをした。
『山本待ってよ・・宿題やらなくちゃ』
『終わったら全部、俺の答・・写してやるよ』
そう言いながら教科書を挟んでもつれ合ったのは
10年前の俺の部屋。
立場も身分も、呼ばれる名前さえ変わってしまったのに
彼には叶わない。
随分知り尽くしたはずの唇はいつも、新たな官能に
満ちている。どんな場所でも、彼は俺を悦ばす術を
知っている。
たとえけして乱してはならない書類の上でも。
――俺は畳んだ書類を机の端に置くと、少し汗ばんだ
真っ白なシャツを体ごと、抱きしめた。
(一万ヒット部屋より再録)