――声が聞こえる。

「・・だいめ・・10代目、起きてください」
目覚まし代わりの、躊躇を含んだ響き。
「もう・・朝なの?」
「すいません。起床時間です」
 そんなことにいちいち謝らないでも
いいんだけどなぁ、と寝ぼけながらも思う。

「10代目、昨日無理しましたから・・」
「・・それは言わない約束」
 恥ずかしさに、俺はシーツを頭からかぶって
ベッドの奥に潜り込んだ。
「あっ、すいません!10代目」
 俺、もう言いませんからと必死に弁解する
彼がシーツの向こうで慌てる。
「もうやだ。絶対に起きない」


どんなに身体をつなげても、この朝のやりとりだけは変わらない。
照れを滲ませた獄寺君と、恥ずかしくて起きたくない、俺。
 昨日のことを思いだすと、顔が噴火しそうになって
それはすぐ獄寺君に伝染して・・
気まずい沈黙の後、思わず笑ってごまかしてしまう。
笑って。なんだかふいに泣きたくなって。
それで笑ってしまう。
この気持ちって何だろう。


「・・10代目、あんまり起きないと・・襲いますよ?」
「だめっ・・!」
 笑みを含んだ声に、慌てて飛び起きるとシャツを羽織った
獄寺君がしてやったり!の表情を浮かべている。
「眼が覚めましたよね?」
「・・・」
 騙された、と分かってから俺は半分安心、半分後悔した。
当分このネタで起こされそうな気がしたからだ。
――ずるいよね・・ほんと。
 関係はボスと部下でも、優位にたっているのはいつも彼の
方だ。俺だってさんざんわがままいうけれど、それでも
彼にはかなわない。

 ふいに顔を上げると、目の前に憂いを含んだ蒼い瞳が
あって・・気づいたときには唇が触れ合っていた。
「おはようございます、10代目」
 キスをする瞬間、彼はほんの少しだけ笑う。
きっと彼は気づいていない。でも。
 俺はいつもその微笑に見とれて、彼のペースに
はまってしまう。
「・・獄寺君、リボーンが」
 見てるよ、と言おうとした瞬間ものすごい勢いで
獄寺君が俺から飛び退った。
「あ、す、すいま・・おは、おはようござい・・」
 慌てて弁解しようとして、その張本人がいないことに
気がつき恨めしそうな顔をする。
「10代目〜心臓止まるかと思いましたよ!?」
「うん、ごめん。そんなに驚くとは思わなかった」
 それが正直な感想だった。獄寺君は必死に隠してる
つもりらしいけど、俺は、リボーンはとっくに気がついて
いるんじゃないかと思っている。
 見て見ぬ振り、というやつだ。

「正直に告白したほうがいいんじゃないの?」
 と、俺はいつも獄寺君に提案するんだけど
「殺されます」と、彼は取り合ってくれない。
――そんな心の狭い奴じゃ、ないと思うんだけどな・・


 いつまでもこんな関係を続けていられるとは
思わない。このドアを一歩でも出れば、硝煙と陰謀の世界に
足を踏み込むことになるから。
――それでも・・
 俺は彼のシャツを掴んだ。もう少しだけそばにいたい。
もう少しだけ。このままで。
「10代目?風邪引きますよ?」
 気を利かしてくれた獄寺君が、ガウンを俺にかけてくれる。
「うん、ありがと・・」
 ささやかな、小さな幸福。戦いと謀略に身を投じる前の。
たとえ神様が許してくれなくても、この瞬間の時を止めたい。
――そう、祈った。




<終わり>