「・・リボーン」
 どうして・・君が――と言いかけたツナを一瞥すると
彼は持っていた銃を下ろし、携帯電話の通話ボタンを切った。
どこかに電話をかけていたようである。

「救急車はすぐ来る、奴は大丈夫だ」
「――リボーン?」
 ツナは状況が飲み込めない。それでも獄寺を抱きしめる腕の力だけは
緩めることが出来なかった。


「こいつが一人になれば出てくると思っていたよ」
 低く刺す様な声の先に、一人の部下が姿を現した。ボスが日本に
いる時からの付き合いになる・・ボンゴレでは若頭に近い地位の男
だった。


「・・山本――どうして・・」
 何が何だか分からない・・ツナに認識できたことは、リボーンが
今までで一番怖い眼をしていたということと、山本が何故か今にも
泣き出しそうな顔で笑っていた、ということだった。

「お前が・・犯人だったんだな」
 リボーンの言葉に、ツナの息が止まった。山本はゆっくり二人と眺めてから
肩を落として頷いた。諦めが横顔に宿っている。
「・・あのワイン、ほんとはツナが飲むはずだったんだよな」
 彼はぽつりと言った。
「ワ・・イン?」
 次々と事実が明かされ、ツナの思考は追いつかない。突然消えたリボーン
自分の目の前で撃たれた獄寺・・そして今銃を携えて立つ山本。


――俺が飲むはずだったワイン・・


 思い描いてツナは声を上げた。一年前送られてきた赤ワイン・・あれは
山本からの差し入れだったのだ。本来の標的はツナ自身であったが
獄寺の機転により、九代目が犠牲となったのだ。
 山本はツナの表情の変化に苦笑した。ようやく狙われていたのが自分で
あったことに気づいたらしい。
「じゃあ・・ほんとは俺が・・」
「大方、毒でも仕込んであったんだろ」
 リボーンは口を挟む。「ご名答」と山本は返した。ツナは二の句も告げない。
「だから、九代目を撃ったんだな」


 ツナが九代目からオープナーを借りた後、そこを訪れた山本は絶句した。
自分が差し入れたはずのワインがなぜか九代目のテーブルの上にあり
それを飲んで彼が死んでいたからだ。部屋から微かにボスの香がしたが
山本は咄嗟に持っていた銃で彼の背中を撃ちぬいた。数発浴びせてから
そしらぬ顔で部屋を出て、シャワーを浴び、拳銃を処分した。
 九代目が毒殺された、という事実だけは残しておくわけには
いかなかったのだ。
 その数時間後部屋を訪れたリボーンによって事件は露呈し・・
現在へと繋がっていく。そもそもは十代目の暗殺計画に端を
発した出来事だったのだ。


 リボーンの言葉に山本は視線を落とした。彼はしっかりとツナを見つめている。
凶弾に倒れた右腕を今もなお、離さない男を。
「・・びっくりしたぜ?まさかこいつが九代目のところに
持っていっちまうなんてよ」
「血を流しておけば、毒は検出されないと踏んだか」
 まぁそんなところ、と山本は苦笑する。
「いつ・・ロゼが飲めなくなったんだ?」
「第二支部の爆破事件から・・」
 総勢300名の組員が死んだ大惨事をツナは目の当たりにしていた。
標的にされた自分の代わりに散った命の分も生きて、罪を雪ぐと
誓った事件だった。


「そうか・・奮発して買ってきたんだけどな」
山本は残念そうに言った。あのとき白を選んでいれば、こんな
ことにはならなかったかもしれない。
「――山本!」
 飄々とした物言いを遮ってツナは叫んだ。事実は判明されても
肝心なところが分からない。


なぜ・・彼は自分を、ボンゴレを裏切ったのか。


 彼は一度ツナを見た。十年知る、温かい眼差しだった。
日本から連れてきてずっとそばにいて、賞賛も苦渋も分かち合ってきた
そう信じていたのにどこで、何故、行く方向を違えてしまったのか。


「・・もう、いいよ」
 ――と、彼は言った。つとめて温かく、優しく、諦めるように。
何かを知り、悟った表情で――もういいんだ・・と。

――あのとき白を・・選んでおけばなぁ。


 短く銃撃の音がしてツナは獄寺を抱えたまま下を向いた。
眼を開けると――リボーンが目の前に立っていた。身をもって
ツナの盾になったらしい。その先に一人の男が倒れていた。
先程までは生きて、言葉を交わしていた男だった。


「・・やまもと?――山本・・っ!」


 立ち上がろうとしたツナをリボーンは制した。追うな、という意味で
ある。裏切り者の末路は――死。だからこそ、リボーンは山本を殺さなかった。
彼が通じた先のマフィアが、用無しとなった彼を抹殺することは眼に見えていた。
元身内で殺し合いをすればツナが悲しむ――そう思ってずっと、引き金を引く
ことを封印していた。敵の目星がファミリーの人間らしいと気づいてからは、ずっと。
自分で蒔いた種を刈り取るのは――己だからである。


「ねぇ・・リボーン・・山本は・・」
「・・死んだよ」
 殺されたことは、言わなくても分かる。ここに姿を見せた時点で彼も
死を覚悟していただろう。ツナを殺して自分も死ぬ、そういう腹積もりだった
のかもしれない。


 救急車の音は徐々に近づいている。腕の中の男の息は荒いが・・まだ確実に
存在する。彼はまだ、生きている。自分も・・そしてリボーンも。


「・・リボーン・・真実って・・何?」


 問いかける瞳からとめどなく涙が零れている。そんなの・・と
リボーンは思った。



――そんなの・・掴めるものなら教えてやりてぇよ。



 唸るようなサイレンの音と共に、ツナの泣き声が響いた。獄寺が搬送される
様を見送りながらも、男の嗚咽は続いた。

 数々の血を流したミラノの街は今日も、雲ひとつ無い、快晴だった。