職員室をまっすぐに抜けて
突き当りを左に曲がる。
この学校で一番日当たりが良くて
一番使われてない場所。
トン、トン・・・トン。
ためらいがちに三つ叩く、ノックの音。
それは合図。
秘密の花園を開けるための。
「入りなよ」
僅かに低い声がして、俺は冷たいドアノブに
手をかける。
重厚な応接室のドアは音もなく開いた。
「また・・抱かれに来たの?」
眼を細めて、いたずらっぽく笑う、彼。
俺は目を逸らすことしかできない。
「つくづく、君も好きだよね」
そう言いながら、彼は俺の腕を掴み
強引に引き寄せ、革張りのソファーに押し倒す。
軋むその音と、沈む二つの身体。
スローモーションのような一連の動作は
まるで儀式のようで――
覆いかぶさる彼の背から見る空はいつも
雲ひとつない、青空だった。
first kiss
最初の呼び出しは強迫に近かったように思う。
「言うことを聞かないと、君の大切な二人を
殺しちゃうよ?」
他に選択肢がなくて俺は頷いた。
彼を受け入れたのは、その日が初めてで
それから・・彼は決まって週に2回
俺を呼び出すようになった。
いつしか、俺は彼に言われなくても
彼の元に通うようになっていた。
何故?自分でも理不尽だった。
喉元に刃物を突き立てられながら
辱めを受けに行く。
逃げることだってできたはずだった。
リボーンに助けを求めることも。
終業のチャイムの音は
秘められた行為の合図だった。
それは・・黙々と応接室に通う俺と
いつでもノックすればドアを開けてくれる彼との
暗黙の取引だった。
「君はさ・・」
行為のあと、淡々と服を着る俺に
彼は夕焼けを見ながら呟いた。
「こういうことが好きなの?
だから・・この部屋に来てるの?」
背を向けたまま問う彼の後姿
は、珍しく哀愁に包まれている。
彼は何を言いたいのだろう。
最初に誘ったのは彼の方だったのに。
「あの二人とも・・してるんだろ?」
してない。断じてしていない。
俺は頸をぶんぶんを横に振った。
ボタンをかける手が震える。
なら――、と彼が言いかけた途端
がつん、というものすごい音がして・・
気がつくと、俺の真横でトンファーが壁に
突き刺さっていた。
「なんで?」
足元に、崩れた壁の破片が零れ落ちている。
膝が震えて、今にも崩れ落ちそうな俺に
彼は至近距離で詰問する。
なんで、そんなこと今さら言わなきゃ
いけなかったのかは、分からなかったけれど。
「・・雲雀さんが・・好きだから・・です」
一瞬彼は大きく眼を見開くと、
満足そうに笑った。
それから――そのまま彼の顔が近づいてきて・・
俺は思わず眼を瞑った。
「これからは・・恭弥さんって呼ぶんだよ?」
初めて聞く彼の優しい声と、冷えた柔らかい唇の感触。
朱色に染まった部屋は静寂に包まれて、重なる二つの
影を映し出す。
――それが・・彼が初めて、俺にくれたキスだった。
<終わり>
(1000hit記念部屋より再録)