その少年を見つけたのは、森を流れる小川の
下流・・ツナがよく魚を捕りにいく場所だった。
[ deep blue forest 2 ]
ツナはふぅ、と息を吐くと集めた薪をそろえて
釜戸にくべた。燃え盛る火は勢いを増し、ぐつぐつと
釜の中の雑煮が煮立つ。
彼が禁断の森に入ってから一週間が経過していた。
月明かりをたよりに森を彷徨い歩いたツナは、やがて
森の中腹に、かつて猟師が使っていたらしい掘っ立て小屋を
見つけ住み着くようになった。
中には小さな釜戸と、わらをひいた寝所があり
それはツナが雨露をしのぐのには十分な設備だった。
ツナはその小屋に寝泊りし、昼間は食料を探して
また森をうろうろした。ほどなくして、森を流れる小川に
魚と、自生する果物の樹々を見つけると、ツナは飢えには
困らなくなった。
その森は昼夜を通して静かだった。名も知らない鳥の鳴く声以外
ツナは動物にあったことがなく、例の『魔物』の痕跡すら見当たらなかった。
――どうしてこんな平和な森を、みんな嫌がるんだろう・・
確かに村の人々は迷信に弱い・・が、一度でもこの森に入れば
真実は分かるはずだった。
ここには魔物も、猛獣もいない。木々のざわめきと、花と
小さな清流だけが旅人を迎え入れてくれる。
人間のおぞましさや意地汚さに埋もれて育ったツナには
この森はこの世の楽園のようでもあった。
ツナが「彼」を見つけたのも、そんなある日だった。
いつものごとくツナが川へ飲み水と、魚を捕りに出かけると
川原の岩陰に人影がちらりと写った。
――まさか・・人?それとも、魔物?
ここで暮らす人かもしれないという興奮と、もしかしたら
魔物かもという恐怖が入り混じった気持ちで影を追いかけると
突然それは沈むように、消えた。
――ほんとに魔物だったりして・・
それとも狩に出た熊かな、と思いながら影が消えたあたりを
捜索すると、岩の陰に自分と同じくらいの背丈の少年が倒れている。
「だ、大丈夫!?」
影の主が人間である、と分かった瞬間ツナは駆け寄って
その身体を起こした。息はあるが、随分衰弱しているようだった。
――だいぶ弱ってる・・何も、食べてないのかも。
ツナは少年を横たえると、そばの小川に行き掌いっぱいの
水を掬い、自分の口に含んだ。
すぐに少年に駆け寄り、ツナは口移して水をごくごくと飲ませた。
程なくして呼吸の落ち着いた少年を、ツナはほっとした気持ちで
見下ろす。
その少年の妙な容姿に、気がついたのはそのときだった。
頬のあたりまで伸びた灰色の髪に、見たことのない真っ黒な服装。
着物に帯が中心の生活だったツナは、それがスーツと呼ばれる
洋装であることを知らなかった。
――随分変な格好だな・・
自慢話に聞く「異国のひと」は鼻が高くて、髪は金色で
背もうんと高いとのことだ。それにしては目の前の少年は
手足は長いものの、別段背が高いわけでもなく顔立ちが
でこぼこしているわけでもない。
ツナがじいっと少年を見ていると、ぱち、と急に
その両目が開いた。
「うわっ・・!!」
ツナは慌ててその顔から離れたものの、彼は上半身を起こすと
そのままツナにずいずいと近づいてくる。
その勢いに圧倒され、座り込みながらツナは叫んだ。
「ちょっと待って。俺、別に怪しいもんじゃないよ!」
――殺される・・!?
と、ツナが眼をつぶった瞬間だった。何かひんやりとしたものが
唇に触れ・・ツナはおそるおそる眼を開けた。
目の前にあるのは、見たことのない色の瞳だった。
彼はしばらく唇を重ねたあと、名残惜しそうにそれを
離し・・ツナの前に頭を垂れた。
「・・ありがとうございます――」
10代目、という彼の言葉が届くよりさきにツナは
その場にばたりと倒れた。
少年はツナを抱きかかえると、そのまま川の上流に
向かった。