陽光の中眼を覚ましたとき、ツナにはここがどこだか
分からなかった。
身体が半分沈んだ分厚い布団(ベッド)の中で
寝返りをしようとした途端、腰と自分の奥深くに
激痛が走り、ツナは小さくうめいた。
[ deep blue forest 6 ]
慌てて飛んできたのは、血色の良くなった例の
少年だった。氷の入った大皿にタオルをいれ、
きつくしぼってから、そっとツナの額に乗せる。
「大丈夫ですか、10代目・・」
ツナを見下ろす青い瞳は、心配に満ち満ちていた。
ひんやりとした感触が心地よくて、ツナは眼をつぶった。
「一応・・大丈夫だよ」
キスとは違う、もっと深く身体を重ねる行為で生気を
吸われるとは別に意識が飛んでしまったツナは、ずきずきと
痛む身体を丸めた。
なんだかとても恥ずかしくて、彼の顔を見ることはできな
かった。
「ね・・獄寺君」
昨日睦言の中で交わした自己紹介で、ツナは初めて
彼の名前を知った。なぜ彼が自分を10代目、と呼ぶのかも
その時尋ねた気がするが思い出せない。
「はい、何でしょう?」
彼はツナに呼ばれると、嬉しそうに微笑んだ。ツナの世話を
するのは至上の幸福、といわんばかりだった。
「生気って・・どれくらいもつの?」
「10代目のなら、一週間は大丈夫ですよ」
一週間、それが果たして長いのか短いのか、ツナには
分からなかった。
ただ自分が彼の主人として認知され、自分もそれを受け入れて
しまった以上・・彼には定期的に食事を与えなければならない。
ただ、昨晩のことを考えるとツナは身体の芯が酸っぱくなった。
唇を重ねることだけが、生気を吸う方法ではなかった。昨日彼は
ツナに最も近づく方法で、極上の生気を得た。それは少なからず
ツナにも快感をもたらすものだった。
――また・・あんなことをするのかな?
獄寺はツナを傷つけないよう、十分慎重にことを進めた。
ツナも、獄寺の行為に怯えることはなかった・・むしろ
最終的には一緒に昇り詰めてしまった。だからこそ、今まで感じた
ことのない不安がもくもくとツナの胸に湧き上がる・・
泣き出しそうになって両手で瞼を隠したツナに、獄寺は
さっきの発言が失言だったかと反省した。
為すすべもなく、ベッドの中をおろおろと伺い見ていた彼に
ツナは両手を離すと、真っ赤な眼で問いかける。
「俺・・獄寺君の食べ物なの?」
必死な瞳で訴えられ、獄寺は息を飲んだ。不謹慎だとは思ったが
涙に眼を腫らした10代目はそれだけで美しく、欲情を呼んだ。
彼は生唾を飲み、気持ちを落ち着かせるようにゆっくり
話し出した。
「滅相もありません。俺は身も心も・・10代目のものです」
10代目から頂くもので、俺は生きていくことができるのですから
と彼は言った。食料なんて考えただけで恐れ多かった。
10代目は自分にとって、生涯身を捧げる存在なのだから・・
でも、と前置きして獄寺はツナを覆っていた布団を剥いだ。
昨日もさんざん愛でた、朱をさしたような唇に触れるとそれだけで
ツナの顔全体が真っ赤になる。
「お腹はいっぱいですが、――貴方が欲しいのです」
そう正直につげると、華奢な白い身体を抱きしめた。ツナは
身を堅くしたが、彼の耳もとで小さく言葉を零した。
「――なんで・・もう、生気はいらないんでしょう?」
彼に抱きしめられると胸が苦しい。ただ生気の受け渡しを
するためだけに身体を重ねるとしたら、もっと苦しい。
「いやだ、獄寺君・・もう」
ツナは弱弱しく頸を振った。抵抗する体力はなく、むしろ彼が
触れるだけで火がつきそうな身体は、もっと別の刺激を欲していた。
そんな自分が哀しかった。
いっそ、食べ物として割り切れたらよかったのに。
彼を知るほど、行為の意味が空しくなった。これは契約なの
だと――彼は生きるために自分の一部が必要なのだ、と。
考えれば、考えるほど別の何かを望んでしまうこころは
既に彼に囚われていた。
――俺を・・壊さないで。
涙を滲ませた瞳に軽く口付けると、獄寺は額のタオルを
はずした。うっすらと汗が滲む項に唇を寄せると、昨日嗅いだ
甘酸っぱい匂いがした。自分の腕の中で、震える体のすべてが
いとおしい。
「俺にも・・分かりません。10代目が教えてくれませんか――?」
ツナの返答は、覆いかぶさった獄寺のキスに遮られた。
口中を蹂躙する熱い塊に思考も理性も奪われ、ツナは
洗いざらしたシャツを羽織った背中に爪をたてた。
二人が、食事とは関係なく果てるのに――時間は掛からなかった。
それから度重なる行為でついに腰を抜かしてしまった
ツナを、獄寺が嬉しそうに介助する日が何日か続いた。
深い森に隠された館の、主人と使用人の道ならぬ恋はまだ・・
始まったばかりだった。
<終わり>
(獄ヒット部屋より再録)