俺と獄寺君は「両思い」になった。
付き合いはじめて五秒後だ。
最初から説明するなら、経緯はひとつだけだった。
獄寺君が俺に告白して、俺が頷いた。それだけだった。
――両思いって何するんだろう・・?
そんな立場に置かれたこともなかったし、そこから先なんて考えたこともなかった。
どんな恋愛物語もたいがい、告白してうまくいったらハッピーエンドだ。
その先なんて見たことも――聞いたこともあまりない。
夕陽の落ちる教室に、二人きりで立っていたらなんだか変な汗が額に滲んでいた。
本能的にやばい、と俺は思った。
このまま二人でいると、掘らなくてもいい墓穴を掘る気がする。
特に俺の目の前にいる――俺以上に汗を掻いている、俺の好きなひとが。
「・・とりあえず、帰ろっか」
「・・は、はい・・!十代目!」
必要以上に大声を出しながら、ぎくしゃくと彼は歩き出した。
右手と右足が、一緒に出てるよ・・獄寺君。
彼の横顔は真っ赤で、それを見ていると俺まで顔が噴火しそうになってきて
――正直参った。
男ふたりでこんな顔して教室出てきたら俺たちほんとにホモみたいだよ・・
そんなことを考えてて、俺はふっと大切なことに気づいた。
付き合ったことさえない俺は、同性とどうやって付き合うのか考えたこともなかった。
かばんを抱えて、沸騰しそうな彼の後姿を追いながら
(恥ずかしくて隣に並ぶことができないから)
俺は今まで読んだ小説やテレビドラマの内容を反芻した。
出会って・・手を繋いだりするだろ?
デートしたり、一緒に宿題したり・・それから、キスとか?
「うわああぁつ!」
俺と獄寺君は同時に大声を上げた。
気が付いたら校門の前まで来ていた。
夕焼けがコンクリートの校門を遠く長く、映し出している。
「ど、どうしたの。獄寺君?」
自分の想像の先をかき消したくて、俺は先に声をかけた。
抱き合ったりべたべたしたりしている二人を想像するのは
――刺激が強すぎたようだった。
「すいません、俺・・教室にかばん忘れました・・!」
思わぬ失態に泣き出しそうにまでなっていた彼が、「今すぐ取ってきます・・!」と
駆け出しかけた途端、俺は咄嗟に彼のシャツの裾を引いた。
自分から引き止めたのなんて初めてだった。
「・・俺の見せてあげるから、・・一緒に宿題やろう?」
途切れ途切れの台詞を、眼を合わせて言うことはできなかったけれど。
感激で頬を染めたらしい彼が、「はい!光栄です。十代目・・!」と
声を打ち震わせていたから俺は少しほっとした。
「すいません、俺浮かれてしまって・・お荷物、お持ちします!」
申し訳なさそうに手をぶらぶらさせた彼が、俺に右手を差し出した。
いつもなら――その勢いに負けて、かばんを差し出している・・だけど。
俺が一瞬ののちに彼の右手を左手で握ると
――彼はリトマス紙みたいに鮮やかに真っ赤になった。
「・・かばんはいいから、一緒に帰ろう」
俺がそう言うと獄寺君はもう、言葉にならないみたいだった。
彼は何度も頷いて、俺の手を両手でぎゅっと握った。
「すいません、十代目!俺ちょっと破廉恥なことを考えてて、それでぼーっとして・・」
のぼせ上がった彼がそんなことを言い出したものだから、たまらない。
俺は、繋いだ手をさっと離すと、獄寺君に背を向けて歩き出した。
「・・もういい、獄寺君なんて知らないっ!」
彼が、じゅーだいめーと呼びながら追いかけてくる。
まるでサイレンみたいだけど俺は振り向かない。
だって今彼を見たら、俺だってどうなるか分からない。
えっちなことを考えたわけじゃないけど・・
俺の両手を握り締めた獄寺君の申し訳なさそうな顔を見たら
心臓とはもっと違う何かがぎゅって・・千切れそうになったことは
内緒にしておきたいんだ。
こころだけじゃなくて、身体もどきどきするなんて・・
どこにも書いてなかったから俺は・・知らなかったんだ。
俺ばっかりこんなの、反則だよ。
彼が自宅まで追いかけてきたら、俺は彼を部屋に上げて一緒に
宿題をして、仲直りをしようと思った。
それきり彼が俺の部屋に泊まってもかまわないことは
最後まで内緒にしておこう、と俺は思った。
「すいません、十代目・・!俺もう変なことなんて考えませんから〜」
前言撤回。とりあえず家についたら、彼を一発・・思い切り叩いてやろう。
――それから、俺もたぶん・・君と同じようなこと考えてたよって
耳元で・・教えてあげるから。
お願いだから黙って付いてきてね・・獄寺君?
(現在・教室で・二人きり)