お見舞いはいつも晴れた第一日曜日
と決まっている。捧げる花は彼に相応しい
純白の花・・百合に薔薇、カサブランカ。
もう届かないだろう、愛しい人が眠るのは
だれも壊さない、永遠の楽土。
[ 墓標 ]
ミラノ郊外にある丘陵地帯の一角にベンツを停めると
男は少年の手を引いて後部座席を下りた。
帽子から靴まで漆黒に彩られた男と、黒いスーツを着た
10にも満たない少年の二人組は、青々とした緑の中で
いっそう目立った。
彼らは、木々の間を動く影のように歩き、ある丘の頂上を
目指した。そこには若葉が生い茂る大樹と、真っ白な象牙で
出来た墓標がひっそりと立っていた。
男は肩にかけていた花束を墓標の前に据えると、少年の手を
離し自らは両手を合わせて黙祷した。
少年は人差し指を口に入れたまま、黙って男の仕草を
見守っている。
しばらくたってから男が顔を上げると、少年は彼のスーツの
裾を引いて尋ねた。
「ねぇ、リボーン。ここには・・誰が眠っているの?」
「先代のボスですよ」
男は声に抑揚をつけず淡々と答えた。少年はこの石のように
表情を変えない男が、何故毎週欠かさず前任者の見舞いに
訪れるのか分からなかった。よほど親交が深かったのか
その死を悼んでいるのかどちらかなのだろう、と彼は
推測した。
「リボーンの、友達だったの?」
いえ・・違います、とリボーンは答えた。
自分が唯一愛した人物などと、この後継者の前で
言えるわけもない。
二人の関係は部下とボスでも、殺し屋と依頼人でも
なかった。出会えばへらず口の応酬、触れ合えば体の芯が
溶けるような――最愛の人。
最初から、許されない恋だった。それを隠し通したのは
相手が――ほかならぬボスだったからだ。
リボーンは大樹の影を映す細い石台にそっと手を
当てた。透き通るように磨かれたそれはひんやりとして
生前の彼のような清らかさを保っている。
彼はその表面に彫られた彼の人の名をゆっくりと
なぞった――まるで、この地に眠る者の頬をなぞる
かのように・・
二人に足りなかったものは思いでも、時間でもなかった。
残された命の火が消えた方が先に別れを告げた、それだけ
だった。
そして自分は今も、闇の世界の片隅で生きている・・
――あの日の、約束を守るために。
少年は墓標に触れたまま動かない男の横に
しゃがみ込むと、彼の横顔に話しかけた。
「リボーン・・泣いてるの?」
彼は帽子を目深に被って立ち上がると、
少年の手を引いて墓標に背を向け、眼下の林に
向かって歩き出した。謁見の時間はとうに過ぎていた。
普段は何の色も写さないような彼の漆黒の瞳に
涙が浮かんでいることに、少年はついぞ・・気がつかなかった。
<終わり>