4月1日








ねぇ僕が君を好きだ、と言ったら
君はどんな顔をするんだろうね。




「好きだよ」

 そう言われた時、応接室の窓が丁度音を立てて閉まった。
カーテンを束ねながら綱吉は、しばらく状況が飲み込めず黙っていた。

 春麗らかな新学期。二人きりの応接室で。
目の前にいたのは畏怖と脅威の象徴とされる
風紀委員長、雲雀恭哉だった。

「・・あ、あの・・雲雀さん・・」
「君のこと、好きって言ったんだよ」

――雲雀さん・・笑ってる。

 嘘だ、と綱吉は思った。思おうとしたけれど、
どうしてもそう、自分に言い聞かせることが出来なかった。
あんなに穏やかな彼の表情を見るのは、綱吉にとって初めてだったからだ。


 こういう時、何て答えたらいいのだろう――綱吉は自問自答する。
 とりあえず男同士だし。
 でも、そういう意味の「好き」じゃないかもしれないし、
俺の事からかって・・

「雲雀さん、俺・・」
「嘘だよ」
「・・ーえっ?」

 唐突な雲雀の発言に、しばらく綱吉の思考は停止した。
 彼が大声を上げたのはそれから、五秒後のことだった。
 雲雀は腹を抱え、必死に笑いをこらえている。

「今日が何の日か知らなかったの?」
「・・あ」

 4月1日。エイプリルフールだ。
 日付を確認すると綱吉は肩を震わせ、雲雀に抗議した。
そんな心臓が止まりそうな嘘――いくら、今日が世界中で
嘘が公認の日、だからって。

「びっくりさせないでください・・もう」
「もしかして信じたの?」

「ち、違います」
「じゃあほっとした?」
「・・・」

 そんなこと――言いかけた綱吉の唇が止まった。
自分の息の先に、雲雀が居たからだった。
もう数センチ顔を上げればキスをするくらいの距離で。

「ひ、雲雀さん・・!」
「冗談だよ」
 顔を離すと、雲雀は楽しそうに言った。

「草食動物に本気になるわけないじゃない」
「そう・・ですよね」

 安堵して大きく息を吐く。そこで終わる会話のはずだった。

「――だから、食べさせてね」
「――え」

 唇は確かに、合さっていた。
ただしそれはキスと言うよりはむしろ――

「そういえば・・君のご飯、おにぎりだったっけ」
「ひ、雲雀さん!」

 綱吉は酸素の足りない魚のように、口をぱくぱくさせている。
触れた瞬間こじ開けられ、口腔をさらりと舐められた。
おそらく海苔の味がしたはずだ。

「今度、僕にも作ってよ」

 君の作ってきたものなら何でも食べるから
――そう言う彼は本気なのだろうか、それとも例の冗談の続き?

「人をからかうのも大概に――」
「あぁ新入生が来たみたいだね」

 窓の外を見やると雲雀は、思い立ったように応接室を横切った。
風紀の取締りを強化しなくては――きりりとしたその横顔から彼の心境が読み取れる。

「・・ひ、雲雀さん」
「明日、楽しみにしてるから」

――その嘘はいつまで有効なんですか?雲雀さん・・

 引き止めることも、真意を聞き出すことも出来ず、
綱吉はただ応接室の窓の前で立ち尽くしていた。

 自分の前を足早に通り過ぎた男が、沸騰しそうなくらい
頬を赤らめていたことには、気づかなかった。
 彼も、同じくらい真っ赤だった。