翻訳













「群れるのは嫌い」と雲雀さんは言った。
 半ば、強引に連れ込まれた応接室で、俺は赤点を取ったばかりの
数学の補習をしていた。
 来なければ退学と脅されれば屈する以外方法は、見当たらなかった。
 俺は雲雀さんを見上げる。ノートに走らせていた
鉛筆を止めると、彼は楽しそうに黒い眼を細めた。
「・・何か質問が?」
「――雲雀さん・・ひとりが好きなんですか?」
 彼は驚いたように両目を開いて、それから肩を下げてくつくつと笑った。
何かが彼のツボに入ったらしい。
「・・数学の質問じゃなくて?」
「・・あっ、すみません・・あの・・」
「別にいいよ」
 ベージュのカップをゆっくりと、机の上に下ろす。
彼が好むのは深く蒸らしたアールグレイ砂糖抜き。レモンはお好みで。
紅茶も緑茶も元は同じ葉と彼から聞いて驚いたけれど。
 応接室に呼び出される度にご馳走になるスコーンとアールグレイは俺の
密かなお気にいりになっていた。

「ひとりが好きなわけじゃないよ。群れるのが嫌いなんだ」
「・・・」
 よく、分かりません――と、言っていいのかどうか。
 俺が無言でいると、カップを手にして雲雀さんが笑った。
 何かが楽しくてたまらないらしいがその理由が皆目検討がつかない。
――最近雲雀さん・・よく笑うよなぁ。
 知る人が聞けば脅威と畏怖の対象、地獄への片道切符、と有名な彼だけに
笑顔なんて意外なのかもしれない。
 けれども俺は楽しそうな彼に見慣れていて時々この人が修羅のような
一面を持ち合わせていることを失念する。
「――よく、分からない?」
「は・・はい」
「分からせてあげようか?」
「・・え?」
 何かがそっと、肩に触れる――それが、彼の右手だと気づいた瞬間に
俺は、応接室のふかふかのソファーの上で仰向けになっていた。

 視界に入るのは――至極楽しそうな雲雀さんの表情。
「・・雲雀さん?」
 僕はね、群れるのは嫌いなんだ、と彼ははっきり言った。
「・・君といることはね、嫌いじゃないんだよ」
 彼が本当にそう言ってくれたかどうか記憶は、定かでない。

   満足げに微笑む真っ黒な瞳に
心臓も体も飲まれて俺は。
 群れあうのではなく重なりあうことを
個人的に、極めて直接的な方法で彼から学んだ。

 ねぇ雲雀さん・・
「嫌いじゃない」って言葉は、
 風紀委員用語では「好き」って、訳すんですか?