はじまりは
学校帰りの土曜日
いつもの通り山本の部屋で一緒に宿題をやって
二人でポテトチップスを齧りながら
テレビを見ていたときのこと。
『 一度やっちまいな☆ 』
それは、お笑い芸人が投稿葉書の内容を
実演する、という無謀な挑戦をネタに
してコーナーだった。
たまたまつけたチャンネルで、その番組がやっていて
俺と山本はお菓子をつまみながらそれを見ていた。
――初めて見たけど・・なかなか面白いなぁ。
と、俺が思ったときだった。
「ツナってさー、一度やってみたかったことってある?」
「え?」
急に山本に聞かれて俺は黙った。
――そんなこといきなり言われてもなぁ・・
「うーん・・特にないけど。山本は?」
「俺さ、一度やってみたかったんだよね。ツナと」
「何を?」
「セックス」
「・・はぁ?」
一瞬何かの聞き間違いかと、俺は思った。
もしくはたちの悪い冗談なのかと。
「何言ってんの山本。ふざけるのも大概にしてよ」
「俺は真剣だけど?」
山本ににじり寄られて、俺は焦った。
――本気で言ってるの?
慌てて後ろに伸ばした手を攫われ、俺は
そのまま山本に倒れこんだ。
「な、ちょっと・・山本」
彼の手は俺の腰に回っていて、
抱きしめられたまま逃げようもない。
「離してってば!」
顔が火照っている自分が、逆に意識して
いるようで恥ずかしくて俺は山本に訴えた。
「・・ツナさ、俺のこと嫌い?」
ふいに山本に聞かれて俺は口ごもった。
「き、嫌いってわけじゃないけど・・」
でもこんなに密着させられると好きじゃなくても
どきどきする。
――こんなの、反則だよ。
「じゃ、いいよな」
よくない、と言いかけた俺の口は山本の唇で
遮られた。
それをキスだ、と気がついたのは、俺の口の中に
もぐりこんできた生暖かい塊が、少し塩辛かったときだった。
キスなんてしたことない。
その先だってテレビや雑誌で聞いたことはあっても
実際そんなこと俺にはずっと先だと思ってたし。
興味はあったけど、実感はなかった。
「ん・・んっ、ふ・・ぁ」
唇が離されるとようやく息が出来て
俺は非難の眼で山本を見上げる。
彼は満足そうに微笑むと、俺にゆっくりと顔を近づけた。
反射的に俺は口を開き、その柔らかい舌を受け入れる。
抵抗しようと思えば、彼の腕を振り払うなんて
造作もないことなのに。
肩から先の力が抜けて、全く力が入らない。
気がつくと、彼は俺の背中から両手をはずして、
俺のシャツを胸まで捲り上げていた。
肋骨を下から順番になぞられると、背筋がぞくぞくと
して――下腹部が熱くなった。
「山本――・・」
――だめだよ、これ以上は。
そういうつもりで名前を呼んでも、眼があっただけで
顔が熱くなって・・恥ずかしくなって俯くと、顎を奪われ
またキスされる。
酸欠と、口腔をまさぐる彼の一部が信じられないくらい心地よくて
くらくらする。そのまま風景がふらりと傾いて――
眼を開けると、俺を見下ろした山本の真上に、天井の照明が見えた。
押し倒された、ってことは頸に当たる絨毯の柔らかさ
で分かったけど、山本が何をしたいのかは分からない。
山本が『したい』と言ったことだって、本来は愛し合ってる
男女がするもので・・俺と山本は男だし。
そもそも俺達って――
「山本・・なんだか、オカシイ・・」
「おかしいって、ココが?」
山本が俺のいま一番敏感な部分をぎゅ、と
ズボンの上から掴んだ。
「あ・・ん、やっ・・」
それだけで身体の芯が酸っぱくなる感じがした。
――なんだろ、これ。
もっと強烈な刺激がほしい。彼に直接触って欲しい
なんて恥ずかしくて言えない。なのに、俺はもぞもぞと
腰を動かしてしまう。
――俺どんどん・・おかしくなっちゃうよ。
山本は、そんな俺の無意識の動きを一瞥すると
にっ、と笑った。
悪戯好きの子供の表情だった。
「感じちゃった?ツナ」
そう言うと彼は、俺の下着をズボンごと取り去った。
その途端、中途半端に勢いを持った性器が顕になって
俺は恥ずかしさで顔中から汗が噴き出しそうになる。
「な!や、山本っ・・!!」
「可愛いーなぁ、ツナのは」
山本はのんびりした口調で、俺の分身をまざまざと
見ている。視線が注がれるだけでも苦しい。
「そんなに・・見ないで」
「もっと可愛くしてやるよ」
えっ、という俺の声と同時に、彼は俺の性器を
口に含んだ。
それだけでも十分衝撃的だったものの、彼は
その口に含んだそれを器用に舐め上げた。
「あ、やっ・・んぁ・・!!」
甘い電流が下半身に流れたような衝撃だった。
彼は俺の根元から先端まで丹念に舐め、その先を吸い上げる。
下腹部から湧き上がる刺激が、脳天まで一気に駆け上がって
ありとあらゆる理性を壊した。
友達の舌で、自分の大切な部分を舐められて
それがあまりに気持ちよくて――
「や、山本・・俺もう・・」
「出しちまえよ、飲んでやるから」
言った途端、十分に勃ち上がったそれを
両手でぎゅっと握られて、俺は反動で達して
まった。
「いっぱい出たなー、ツナ」
俺が噴出したものをごくん、と
飲み込むと彼は悪戯っぽく笑った。
「もしかして溜まってた?」
口元を拭いながら聞かれて
俺は恥ずかしさのあまり泣き出してしまった。
「山本の・・ばかぁ」
初めての射精が、大切な友人の口の中で。
あまつさえ出したものを飲まれてしまったなんて。
どこから悔やんでいいのかさえ分からない。
――それが気持ちいいなんて、俺ほんとおかしくなっちゃったよ・・
快楽に飲まれてしまった悔しさと、悲しさで
ぽろぽろと涙を流す俺に、流石の山本も申し訳なさそうな
表情をする。
「悪かったな・・そんなに嫌がられるとは
思わなくってよ」
素直に謝られて、俺は少しだけ涙が止まった。
すまなさそうな彼の表情は・・正直俺の良心に
響いた。
「でもさ、気持ちよかっただろ?」
頷くのは躊躇われたので、俺はわざと横を
向いた。眼が合えば、ばれてしまいそうだったのだ。
「もっと・・気持ちよくしてやるかな、な?」
そう言う山本の声と共に唇が重なって
それきり俺は何の非難も言えなくなった。
「あっ・・山本、何っ・・」
とんでもないところに、彼の指が在って
俺は思わず腰を動かした。
普段はものを排出するためにある場所に
逆に異物が入って、俺は未知の刺激にうろたえる。
「もうちょっと我慢してなー、ツナ」
慣らさないと痛いから、と言われて俺は頷く。
――慣らすって、何が?
正直嫌な予感がしたが、抵抗する気力も彼も止める
力ももうない。俺が観念して眼をつぶったその時だった。
「――やぁ・・ん!!あ・・な、何?」
先ほどとは比べ物のならないくらいの刺激が
体中を駆け抜けて俺は叫んだ。
喉から鼻に抜ける――女のような声に俺の
顔もすぐ火照った。
「あ、イイところ当たった?」
嬉しそうな彼の顔に、俺は慌てた。あんな刺激が
波になって押し寄せたら自分の身体がどうなってしまうか
分からない。
「ダメだってば、・・山本っ・・あぁ、ん――」
俺の抗議も空しく、いつのまにか二本に増えていた
彼の指が俺の敏感な部分をなぞる。
そのたび、ざわざわとした疼きが一気に背筋を
駆け抜け俺はのけぞった。
「今のツナ、すっげー色っぽい」
艶を含んだ声で囁かれて、俺は思わず彼を見た。
珍しく余裕のないその表情に一抹の不安がよぎる。
「俺さ・・もう我慢できそうにない。ごめんな」
何を、と問うように彼を見あげると
ぎりぎりまで押し殺されていた彼の欲望の
塊を眼にしてしまい、俺は絶句した。
それは俺よりもはるかに大きく、どくどくと
脈打っていて・・男性の象徴、と呼ぶに
ふさわしかった。
そして彼が、分身を俺の後方に宛がった瞬間
俺は彼が何をしようとしたのか悟って
悲鳴を上げそうになった。
「や、山本無理だって――」
「ツナ。もうちょっと力抜いて」
「やだって――あぁ・・」
身体が張り裂けそうになって、俺は叫んだ。
熱くて堅いものが、自分の奥にめりめりと
侵入してくる。
それは俺が息を吐くたび、伺うように
ゆっくりと侵食し、内部をこじ開けていく。
擦れあうだけで生じる痛みと、じわじわと
押し寄せてくる甘い疼き――彼が中に入れば
入るほど、自分と彼の境が不明瞭になっていく。
この熱は自分のものだろうか、それとも俺を
貫く彼のもの・・?
「全部・・入った」
腰を限界まで押し進めて彼は、自らを落ち着かせるように
息を吐く。
俺はゆっくりと眼を開けた。自分の中に在る彼の
質量だけでお腹から下がきつい。
「ごめんな、苦しいだろ・・」
途切れ途切れに謝られ、俺は何も言えなかった。
こんなに切なそうな山本の表情を見たのは初めて
だった。
「でもさ、俺・・すげー嬉しい」
「何で・・?」
「ツナが全部、俺のもんだから」
額に汗を浮かべたまま、山本は微笑んだ。
これまで見た中で一番幸せそうな微笑だった。
「――ズルイよ」
俺は横を向いて、視線を合わさないようにして
呟いた。迷惑をかけられているのはこちらなのに
なんだか泣いてしまいそうだった。
――ずるいよ。山本ばっかり。
そんなに嬉しそうで。俺は痛くて恥ずかしくて
情けないのに。
でもそんな山本を許してしまう自分が一番情けない。
俺は――山本の笑顔には敵わないんだ。
「ツナ・・動いてもいいか?」
俺の両足を持ち上げ、彼は深く浅く自身を出し入れする。
その先端が俺の最奥を突くたび、眩暈にも似た痺れが
沸きあがり、俺の脳内を蹂躙した。
「あぁ・・山本、ん・・ふ、あっ!」
たまらなくなって、彼の背中にしがみつくと
彼も俺の腰に手を回し、ぎりぎりまで自身を俺に
打ち付けた。
互いの体温を混ぜ合わせるようなその腰の
動きに、程なく俺は達し――その瞬間彼の
精が俺の中に迸った。
眼を開けると、俺は布団に寝かされていた。
見慣れない壁の色に、俺はまだ山本の部屋にいたこと
を思いだす。
「ツナのおばさんに電話しといたからな」
声のするほうに振り向くと、ドアの前に山本が立っていた。
その両手には寿司の入ったパックが乗っている。
「今日は泊まっていったほうがいいと思ってさ」
これ夜食な、と山本にパックを渡されて
俺は呆然としたままそれを見つめた。
「大丈夫か、身体・・だいぶ無理しただろ」
額に当てられた彼の手の温かさが、俺に
今までの出来事を走馬灯のように思い出させる。
――俺、山本とやっちゃったんだ・・
最終的には衝撃のあまり、意識を失って寝込んだものの
それまでの経緯はしっかりと覚えていた。
だからこそ、不安が募るのだ。
一度やってみたかった、そんな言葉で安易に
身体を繋いで、もう前のような関係でいられるの
だろうか。
俺はパックを握り締めたまま泣き出していた。
「ツナ・・痛かったか?」
俺はぶんぶんと頸を振る。腰も身体の奥もずきずきする
けれど、悲しいのはそれだからじゃない。
「・・嫌だったか?」
これも一応頸を振った。同意してはいなかったものの
流されてしまったのは俺だから。
「じゃあなんで――」
そんなに泣いてるんだ、と山本は途方に暮れて
俺を抱きしめる。
「俺・・ツナを傷つけたのか?」
耳元の声が優しくて、それが余計に哀しい――
胸が潰れそうな理由はたったひとつだった。
「山本・・遊びで俺を――」
しゃっくりを上げながら告げると、山本は
驚いた様子で身体を離し、俺を見た。
「あ、遊びでなんかしねーよ。ツナが好きだからに
決まってるじゃないか」
――え?
慌てて弁解した彼の言葉に涙も止まる。
山本は困ったように、頭をかいた。
「――って、順番間違えてたな、ごめん。
俺さ、ツナのこと好きだったんだ・・ずっと」
いきなり告白に・・俺は言葉もでない。
順番を間違えたところか、大事なステップを
踏み越えてしまった気さえするのだけど――
「好きな子が自分の部屋で、一緒にテレビ見てたら
誰だってムラムラするだろ?」
照れ隠しに鼻をかいた山本を、しばらく茫然と
見上げたものの――俺はまた、堰を切ったように
泣き出した。
安心と同時に、気が抜けたらしかった。嬉しいのと
恥ずかしいのと、馬鹿馬鹿しいので胸がいっぱいに
なって・・俺はわんわん泣いた。
霞む景色の向こうで山本はずっとおろおろして
いたが、俺が泣き止むまで辛抱強く待っていてくれた。
それからふたりで寿司を半分ずつたべて(俺の持って
いたパックは潰れてしまった)山本の布団で二人並んで眠った。
朝起きたら――なんで泣いてしまったのか山本に
ちゃんと説明して、告白の返事もしようと俺は思った。
山本のひとことにより被った損害も、俺は主張した
かったけれど・・一晩寝て忘れることにした。
――やってみないと、分からないこともあるよね?
<終わり>
(ツナヒット部屋より再録)