[ いちご物語 ]
彼が朝、迎えに来てくれること
昼、一緒にご飯を食べること
夕方、校門の前で待っていてくれること
すべて俺の日常で、何一つ欠かせない彼の日課だった。
「・・獄寺君はさ」
時々俺は疑問に思う。どうして彼はこんなに
一生懸命なのだろう、と。
俺が話しかけると、彼は蒼銀色の瞳を爛々と
輝かせる。それがどんなにささいなことでも、
分からない数学の質問だったとしても。
「は、はいっ!何でしょう10代目?」
ちなみに俺と彼は下校真最中。張り切った彼の
大きな声に、10メートル先を歩く生徒も振り向いた。
眼を合わせると因縁をつけられるから、みんな俺と彼の
方は見ないけれど。
俺は、これからはもう少し人気のないところで話しかけた
方がいいかもしれない、なんて思った。
「・・朝早く起きて眠くならない?」
「全然。10代目との一日を想像するだけで眠れません」
「・・ちゃんと夜は休んでね?」
「はいっ」
たしなめたはずなのに、「10代目に心配して頂けて
光栄です!」と言わんばかりに彼は拳を握り締めた。
整った顔が溶けそうなくらい笑みを浮かべた彼を
見ながら、俺はほんと・・きりっとしていればもっと
かっこいいのにな、なんて思う。
「それから、購買の新製品は、俺の分
買ってこなくてもいいよ」
「すいません10代目!ご迷惑でしたか」
彼の、眼には見えない尻尾が垂れ下がる。
「そうじゃなくて。俺・・食べきれないみたいなんだ。
ごめんね」
「いえいえ!栄養が偏るといけませんから!」
表情を変える速さは新幹線より早い気がする。
彼は満面の笑みを浮かべると、下げていた頭を
勢いよく起こした。
「あと、たまには先に帰って。俺・・最近補習
ばっかりで、随分待たせちゃうから」
「あの教師果てさせましょうか?」
「それはダメ!」
俺が口をとんがらせると、彼はまた見えない尻尾を
下ろした。俺の一言ですぐしゅんとなってしまうから
俺はときどき・・彼は、ほんとは犬なんじゃないかって
思ってしまう。
「でもあんまり補習受けたくないし・・また
勉強教えて欲しいんだけど、いい?」
喜んで、と彼は眩しいほどの笑みをこぼした。さっきから
笑ったり落ち込んだり、彼の変化はめまぐるしい。
「じゃあ、さっそく俺ん家行きましょうか?」
スキップしそうなくらい跳ね上がって歩きだした
彼のジャケットの裾を、俺は思わず掴んだ。
「――あのね、獄寺君」
本当に聞きたいことはもっと別にあった。
「俺といて・・疲れない?大変じゃない・・?」
いつも待たせるのは、俺で。毎日あちこちで
手伝ってくれて、でも何一つ返せなくて。
そんな君に甘えてしまっている自分がいて
ときどき、自分がすごく嫌になる。
それは単なる買い被りだって分かってるのに。
「俺・・何やらせてもダメだし。獄寺君が
勉強見てくれても、ダメなまんまだし・・」
いつか君に愛想をつかされるんじゃないか、とか。
ダメな俺に失望するんじゃないか、とか。
離れたくないなんて、言えるわけないのに。
「ごめんね・・俺――」
言いかけた言葉の先に、俺は涙ぐんだ。本当は
感謝の気持ちを伝えるはずだった。単純に友達が
出来たことが嬉しかった。一緒に登下校したり
ご飯を食べたり、宿題をしたり。あたりまえみたいに
二人で過ごすのは、温かくて幸せだった。
少なくとも、俺にとっては。
俺は思考の先に悲しくなった。幸せを感じた俺は、今度は
失うのが恐くなったのだ。いつまでもダメな俺を知ったら
彼は呆れてしまうだろう――そうしたら・・
またひとりに戻ってしまう。
「俺は・・ずっとそばにいますよ」
ジャケットの裾を持った手を、彼は優しく
包み込んだ。俺の言葉の先を読んだかのような
答えだった。
「何年たっても、貴方が俺のボスになっても
ずっと・・お世話させてください」
思わず顔を上げると彼と眼が合い、その余りに
深い瞳の蒼に俺は顔が熱くなった。
憂いを含んだ瞳にかかる睫が、整った顔に
陰影を与えその表情を儚くしている・・
「貴方は貴方のままで・・十分なんですよ」
最後に彼がくれた言葉に、俺は泣きそうになった。
それから、裾から離した手を彼に握られ
俺と彼は黙って家路を辿った。
途中で何度か彼の横顔を覗いた俺は
きりりと眉を揃えて正面を見据えた彼の
表情に息を飲んだ。
心臓が握りつぶされそうなくらい苦しく
なったけど、こみ上げる酸っぱい気持ちを
なんて呼ぶのかまだ俺は知らなかった。
(一万ヒッ部屋より再録)