「それで、その男は・・ツナヨシが料理をしている時だけ
そこにいるんだね?」


 一通り話を聞くと、彼はアールグレイを綺麗に飲み干して
興味深い様子で笑った。そうなんです、と俺は答えて、彼の
用意してくれた、栗饅頭をほうばった。


 彼の名前は、雲雀恭弥。彼は俺の住むアパートの管理人をしていて
俺のクラスメイトでもあった。クラスメイトと言っても、俺は彼が
講義を聴きに来ているのを一度も見たことがない。いつでも好きな
学年で居られる彼が、どこでどんな授業を聴講しているのか
恐らく担任さえ把握していないのではないか。


 風紀委員を兼任している彼の所在地はたいがい応接室だ。
学長さえ許可なしには入れないというVIPルームで、彼は
たいがい趣味の紅茶を嗜んでいる。


 俺と彼の出会いは六年前。不良に絡まれていた俺を、逆に
彼が殴り倒した事件に遡る。彼からすれば、不良だろうが何
だろうが目の前で群れるものが気に食わなかったのだろう。
問答無用で叩きつけられたトンファーに、俺は一瞬で
気絶した。

 眼が覚めたとき俺は、病院のベッドの中に居た。それが
彼の息の掛かった病院で、俺をそこまで運んでくれたのが
彼だということを、俺は退院してから知った。それきり
あの不良たちには出会わなかったけれども。



「・・雲雀さんは信じます?」


 彼があんまり優雅に笑うので、俺はいぶかしがって
そう尋ねた。怪談じみた、ただのつくり話に思われて
いるのではないか、と思ったのだ。


「ツナヨシが言うなら、本当なんだろうね」


 彼は俺の用意したスコーンを一つまみちぎると
窓の外に放り投げた。屋外には、彼が飼っているらしい
野鳥達が我先にと、茶色い欠片を取り合っている。


 それにしても、と彼は俺の方に向き直って
言葉を続けた。キッチンに住むイタリア人の幽霊よりも
実体のない存在と平然と同居する俺に、少しばかり
興味を抱いたようだった。


「珍しいよね、ツナヨシは。普通・・気味悪がったり
恐がったりするだろう?」


 恐くも、気味悪くもないよ、と俺は頸を振った。
実在すれば俳優やモデルになれそうな、ひどく美形の
幽霊だった。特に俺に危害を加えるつもりも、あの場所に
未練があるわけでもないようだった。
 何より、蒼くて澄んだ綺麗な瞳をしていた。
 追い出す理由も、逃げ出す理由もなかった。彼は自然に
そこにいて、俺が包丁でピーマンやナスを刻む様をのんびりと
見ていた。何を作ってるんだ、とか。器用だな、とか。
ときどき話しかけられることはあったけれど。


 彼はあたりまえのようにそこに居たんだ。


 俺が状況を説明すると、彼はふーんと語尾を延ばして
頷いた。意味深な相槌だった。