「で、ツナヨシはどうするんだい?」


 ふいに彼は思いついたように背中を向けると
カーテン越しのグラウンドを眩しそうに見つめて
微笑んだ。日の傾きかけたオレンジ色のグラウンドに
走りこむ野球部の掛け声が響いている。


「どうするって――何を・・」
「イギリスに行ったら、二年は帰らないんだろう?」


 いきなり話題を振られて、俺は返す言葉を
失った。「彼女」の件について、彼がこんなにも
早く確実に情報を入手しているとは思わなかったのだ。


「・・俺には、関係のないことです」


 しばらくたって俺は、胸に浮かんだ言葉だけを
発した。胸でぐるぐるととぐろを巻くような思いを
吐き出すつもりはなかった。


 彼女――京子ちゃんは、俺の10年来の幼馴染
だった。幼稚園から大学まで、どういう縁か俺と彼女は
ずっと同じクラスだった。そういう点では俺は神様に
少しだけ感謝している。
 もともとクラスに馴染めず友達もいない俺にとって
彼女は、よき理解者でもあり、成績優秀なクラスメイト
でもあった。
 俺は毎日教室に居残りをして、京子ちゃんから勉強を
教わった。もともと頭のつくりが標準よりのんびりとして
いる俺は、物事の理解に倍以上時間を要した。
 先生でさえ匙をなげた俺の理解の遅さに、彼女は
呆れることも音を上げることもなく付き合ってくれた。
 小・中・高と俺が留年せずに済んだのも、八割がた
彼女のおかげだった。



「京子ちゃんが決めたことに
どうこう言える立場じゃないですから」


 彼女は来週からイギリスに留学する。
もともと通訳になりたかった彼女が、日頃の
熱心な勉学を認められ「特別交換留学生」に
指名されたのは今年の春だった。
 当初渡航に悩んだ彼女の背中を押したのは
彼女の恋人でもある剣道部のポープの一言だったと
聞いている。


『 行って来い 』


 たった五文字の激励が、彼女の夢を現実にした。
五月の初旬、彼女はイギリスへ旅立つ。真っ白な
夢に、虹色の希望を描くために。


「・・でも、好きだったんでしょう?ツナヨシは」


 雲雀さんの言葉に、俺は唇を噛んだ。
喉の奥までこみ上げた言葉を飲み込んで、代わりに
とびきりの強がりを、吐く。


「・・好きでしたよ――でも、それとこれとは 話は別です」


 彼女の決めたことに口を挟む権利も、引き止める
力も俺にはない。俺は彼女の足を引っ張るだけのただの
落ち零れの、幼馴染だった。