「ツナは・・告白しないんだ?」



 ピーマンの種を取りながら今日の出来事を話すと
ディーノさんは頬杖を付いてそう言った。
今日のご飯は焼きそばだった。不器用な俺でも一人暮らしを
一年続けると、その日食べるご飯くらいはつくれるように
なっていた。


「・・しませんよ」
 俺はそう答えるだけに留めて、ピーマンの種を三角コーナーに
捨てた。かさはあるのに余分なもの取ると、皮しか残らない。
真っ白なまな板にならぶ緑色の厚い皮は、まるで自分自身のよう
だった。



――輪郭はあるのに、中身が空。



 ふーん、と言ってディーノさんは頭の後で腕を組んだ。
俺の答えに納得していないと言うのはその態度でも十分に理解できた
けど、俺は火にかけたフライパンにピーマンを放り込んだ。
あらかじめ炒めてあった人参と絡めて、ソースをかける。
最後に麺を入れれば、即席焼きそばの完成だ。
俺がひとりで留守番をするとき、母親がよくつくってくれた
ものだった。



「・・したとしても、結果は見えてますし」
 そう言って俺はしゃがむと、ディーノさんの隣に膝を
畳んで座った。正確には、台所の棚と、ディーノさんの間に
腰を下ろした。ディーノさんはちょっと右側にずれてくれたけど
もともと彼は透けているから、俺は難なく二つの間に座り込む
ことができた。
 ひんやりとしたフローリングに座ると、いつも見ている部屋の
景色がなんだか別の世界のように思えた。天井は広々と高く
カーテンから染み込む太陽の光が眩しい。
座る場所をかえるだけで、こんなにも世界が変わるんだ
――俺は揺れる電灯を見上げて、大きく息を吸って・・
嘘と一緒に吐き出した。
 彼が見ている景色と同じ世界を眺めたら、少しだけ素直になれた。



「・・振られるのが、怖いんですよ」



 俺がぽつりと言うと、ディーノさんがそっと
こっちを向いた気配がした。
 誰にダメツナって言われても構わないけれど、
京子ちゃんの前で――俺が本当に、尊敬して感謝して
ひっそり恋心を抱いていた・・女神のような人物の前で
醜態を晒すのが嫌だった。彼女の前で、これ以上ダメツナに
なるくらいなら――このままで、良かったんだ。



「かっこ悪いツナを、受け入れないような子を・・
ツナは、好きになったのか・・?」



 俺の告白にディーノさんは息をついてから質問した。
革新的な質問だった。だからこそ、思わず泣いてしまいそうに
なって、俺はごしごしと両目をこすった。
 怖かったのは、振られることじゃない。振られて見っとも無い
自分を、自分に見せ付けることになるのが、怖かったんだ。
 いつだって、他人の評価なんて気にしないでいた。
ダメツナでも、それなりに生きてきたつもりで・・これからも
ずっとそうだと思っていた。彼女が・・京子ちゃんがそばにいてくれたから
俺はずっと、ダメツナに安住することができた。
どんなにダメでも、課題をこなしていけたのは俺が自分からは何もせず
――何も望まず、彼女の言うままに従っていたからだった。


俺はそろそろ、ひとり立ちをしなくてはならない。




「・・違うと、思います」


 そういうと俺は立ち上がって、火の通った麺と具を皿の上に
落とした。こうこうと湯気が立ち上り、焼けた豚肉の匂いが
香ばしい。


「おいしそーだな、それ」


 出来たばかりの焼きそばを見上げて、ディーノさんが
笑った。イタリア料理で言い換えるなら、パスタみたいな
ものでしょうか、と俺が言うと、


「どんなに美味そうなもん見ても、腹減らないのが
幽霊って不便だな」


 と、彼は真っ白な歯を見せて笑った。