「情報が漏れている」とボスが告げたのは
ミラノの街路樹も淡く色づいた秋の昼下がりだった。

 書類の整理をしていた右腕は「え?」と発した後
振り返って声の主を眺めた。
 沢田綱吉、23歳。おおよそ成人しているとは思えない
風貌と、年の割には落ち着いた物言いが特徴的なボンゴレ
ファミリー十代目のボスである。数々のマフィアが同族との
争いで自滅していく中、その堅実な組織運営の手腕は群を抜くと
言う。その裏に最強と名高いヒットマンが暗躍していることは
周知の事実である。さらに彼の部下の中心的存在、
いわゆる右腕も、王室の血を引く高貴な家柄と豊富な財力
推定IQ200以上の類稀な権謀術数で彼を支えていた。
 今のボンゴレに不安要素はないとマフィア界でも上々の
評価を得ていた頃の出来事だった。


「――と、言いますと?」
 獄寺はあくまで冷静であった。ツナ自らが発言するということは
その出来事に何らかの危機感、憂慮すべき点が含まれているのだろう。
しかし急いてはことを仕損じるとよく言うし、その様な姿を十代目に
見られたくもなかった。

 ツナは机にかけていた手を下ろすと、ゆっくりと数えながら言った。
「先週の会合、先々週のお茶会、その前は――マフィア総連絡会議」
 だったっけ、と尋ねると獄寺はそうです、と行儀よく頷いた。
「全部、襲撃されてる」
「まさか」
 獄寺の声にツナは「もちろん、全部外れてるけどね」と付け加えた。
「・・どういう意味ですか?」
「狙いが少しずつずれてるんだ。会合の部屋や、時間帯、使ったホテル
・・全部、俺のいたところに爆弾が仕掛けられていたり、何者かが
侵入してお縄になってる」
「・・しかし十代目はご無事で」
「――外れてるから、ねぇ」
 ツナは淡々と言ったが、獄寺は気が気でなかった。ボスが狙われている
しかもその居所が特定されているとあっては、事態は急を要する。
 それでなくても首に賞金がかけられ望まぬ恨みを背中に負って動いている
のだ。彼を狙う人物は星の数ほどいた。


「・・でも、そうしますと」
 獄寺は持っていた書類を束ねて机に乗せると、ツナを見つめた。
提言したくは無いが、これは由々しき事態である。それを見抜けない
獄寺でもない。ツナの言いたいことは――


「ファミリー内に内通者がいることになります」


 彼はきっぱりといった。ツナは眉を寄せて視線を曇らせた。あまり
想像したくない結論だが、彼の言うことと同じことを自分も考えていた。
「・・君に任せて、いいかな?」
「――はい」
 きりりと眉を整えて言う。張り詰めていた緊張が緩んでツナも「よろしく
頼むよ」といった。右腕でなければ頼めないことだ。


 獄寺は一両日中には報告を、と言って執務室を出て行った。
経歴の長い彼なりのコネクションで何か掴んでくるには違いない
だろう。ツナはふう、とため息をつくと、窓の向こうに視線をずらし
青空を眺めた。


――裏切り者・・か


 いつ聞いても嫌な言葉である。それを始末するのが仕事であっても
ボスとしてこんなに後味の悪い用件は無い。こめかみに銃を当てて
引き金を引くだけだというのに、しばらくは肉料理も満足に食べられず
不眠が続く。精神力が弱いといえばそれまでかもしれないが、先のある
人間をたった一つの裏切りで殺すのは忍びないのだ。自分が大きな鎌を
もった死神ではないかと錯覚することもあるが、それもおこがましいことだった。
自分はボンゴレの名において死をもたらすだけの、一つの道具に過ぎ
なかった。


 ツナは窓を開け外気を吸った。辛気臭い話の後は日光浴に限る。
――内通・・諜報部のものだろうか・・
 深呼吸をしながらも思考は続く。違和感に気づいたのは先週の会議の
後だった。高級ホテルのあるワンフロアを貸しきって懇談していたのだが
終了後その向かいのフロアが爆破され、その場にいた従業員全員が
死亡した。残された遺書からメディアは過激派のテロと報じたが
状況を知るツナは別の可能性を思い描いた。犯人は――マフィアの
会議を狙ったのではないか?


 そう考えると疑惑は次々に浮上した。その前のティーパーティも
別の会場で出されたお茶に毒物が混入し、複数の死者が出た。レストラン
の責任者が自殺したが、犯人はまだ見つかっていない。これらの事件は
すべて自分のすぐ近くで起きており、もしその場にいたのであれば
確実に死んでいる、というものばかりであった。
――もし、誰かが俺の居場所を流しているとするなら・・


 それを知りえる存在として、秘書課に属する諜報部が一番疑われるだろう。
彼らはボンゴレと他のマフィアとの取引や、会議の開催に渡るまで
あらゆる情報に精通している。それ故に最も信頼をおける人物を
代々諜報部の長に任命してきた。


 十代目の諜報部の室長は、フゥ太であった。