付き合えばいいんじゃねーの、と彼は歯を見せて
笑った。屈託のない微笑みだった。山本は祝福して
くれているのだ、と俺は思った。そう気づいた途端
泣きたくなった。


「・・あぁ、うん。そっか・・そうだよね」


 俺は額の汗を拭う振りをして、わざと下を向いた。
彼の眼を見て、その言葉を言うことが・・できなかった。
俺は嘘をついた。本当に気持ちに。
俺は・・自分を欺いた。真実から眼を背けたのだ。
自分がもっとも見たくない、薄汚い本性を。




――だから、罰を受けたんだ。



「練習の邪魔してごめんね・・」


 俺は飲みかけのペットボトルを山本に
渡すと徐に立ち上がった。結論が出てしまった
以上この部屋にいることはできない。


 使い古されたバットや、土色のボールが転がる
床をゆっくりと踏みしめ、俺はペンキのはがれた
古びた扉のドアノブに手をかけた。
 もう二度と彼の前で――獄寺君の話はしない。
そう俺はこころに誓った。中学に入学したときから
始まった俺の小さな恋は――誰にも触れられないまま
その幕をひっそりと下ろした。


 彼が話しかけてきてくれた時よりも
もっとずっと早く、俺は彼のことを知っていた。
 赤丸チェック、と言われたときの胸の高鳴りを
忘れることなんて・・絶対にできない。
 彼は憧れのクラスメイトで、尊敬する親友で
誰より隣にいたいと願った唯一の存在だった。


 一度向けてしまった背を・・振り返ることが俺には
どうしてもできなった。
 山本が視野に入らなくなった途端、両目が溢れる
くらい霞んだからだ。振り向いたら、涙を彼に知られてしまう・・


 俺は無言でドアノブを回すと、開けたドアの間をすり抜ける
ようにして沈黙の漂う空間を後にした。
 ドアが背中の向こうで閉じた瞬間、何かが床にぶつかるような
音がしたけれど、俺は山本がバットか何かを取り損なった音じゃ
ないかと推測した。


   今ならまだ間に合う。このドアをもう一度開けて、山本に
全部――話すんだ。
『嘘だよ。ほんとは俺・・山本のことが好きだったんだ。
それで――』


 嫌われても、呆れられてもいいから白状して、許しを請えば
いい。今ならまだ――




『ツナも、獄寺のこと・・好きなんだろ?』




 汗の滴る彼の太陽のような笑顔が俺にかけた
未来永劫解けることのない、魔法。
 俺の胸と意地汚いこころを縛る――真夏の、呪縛。



 彼が暴いた俺の、真実。



 真後ろにあるドアを、もう一度開けることが
できなくて俺はその場にしゃがみこんだ。
甘い傷のような後悔が、体中を駆け抜ける。
溢れ出る涙を止めることなど最初から出来なかった。
哀しみに全身が震えて俺は、泣き声を噛み締めて――泣いた。


 きっと本心を伝えれば、どちらも俺に幻滅する。
俺のそばになんていたくなくなる。
 俺はまた、ひとりぼっちになってしまう。




 俺は山本のことが好きだった。そして彼と同じくらい
――もしくはそれ以上に、獄寺君のことも・・好きだった。