「こいつはいつか敵になる。言ったはずだ。」
 と、リボーンは冷たく告げる。愛用の銃のリボルバーを回して。

「俺のことは構わないでください、10代目」
 緩いカーブのかかった漆黒の髪。トレードマークの牛柄のシャツ。
銀の腕輪を鳴らして、俺に手を振るいつもの姿。

「しゃべっちゃだめだ、ランボ!」
「もう遅い。ネタは上がってる」
 お前がボヴィーノの牛と遊んでいた証拠だ
と、リボーンはいくつかの写真を取り出す。
 そこに写るのは、ボンゴレ10代目の私室に入る不審な男の
姿だった。


ランボは、ツナの恋人であり、ボヴィーノのスパイでもあった。










『 true lies  』






「・・知ってたよ」
 会うたびいつもボンゴレのことを聞くランボに、
易々と情報を漏らしたのはツナだった。
 自分に近づくランボの目的をツナは分かっていた。
それでもよかったのだ。ひと時でも、偽りでも彼のそばに
いられれば。
「リボーンにばれてることもね」
――だから、ランボに嘘をついたんだ。

 ツナにはファミリーを売るつもりは毛頭なかった。
けれどもランボと会うためには、「情報」が必要だった。
 信憑性があり、ランボが自分を必要としてくれるような
情報が。

「でも・・そばにいたかったんだ」
 ツナの声が涙ぐんだが、リボーンは冷えた視線を
ランボに落とす。

「俺も、楽しかったですよ。スパイごっこ」
 片目をつぶり、ランボが口を開いた。
 あいかわらずリボーンの銃口はランボのこめかみを
ぴったりと狙っているが、それに臆する様子はなかった。
「・・スパイ、ごっこ」
 ランボの言葉が信じられず、ツナはオウム返しに呟く。

「何にも知らなかったのはお前だけだ」
 冷然と言い放つリボーンに、ランボはやれやれ
とため息を落とす。
「あんたも大概人が悪いっすね・・ほんとに
何にも言ってなかったんすか?」
 リボーンは「ああ」と短く答えた。

「ボンゴレと、うちとの間で協定があったんすよ」
 呆然とするツナの前で、ランボは事情を語り始める。
「最近同盟マフィア間で情報漏れが多発してて・・」
「リボーンが言ってた・・」
 先手を打たれて取引が無効になった、とか。
ボス不在時に襲撃されて壊滅した支部がある、とか。
「どっかにスパイがいるだろうって、共同捜査したんすよ」
「ボンゴレとボヴィーノで?」
 10代目の身辺も探らせてもらいましたよ、とランボは言う。
「あることないことたくさん教えてくれましたね」
 にっこりと微笑んだランボに、ツナの顔は耳まで赤く染まった。
――スパイを口実に、俺に近づいたんだ・・

 本当の目的はボンゴレの内部調査。信頼関係がなければ
できない話だが、幸いランボは10代目の信用を勝ち得ていた。
「身内が一番近くて見えないもんで」
 ランボと入れ替わりに、ボヴィーノに潜入したリボーンは
見事裏切り者を発見し、抹殺。スパイ事件は、無事解決
したはずだった。


「予想外の事態を覗けばな」
 無言でランボの話を聞いていたリボーンが
徐に口を開けた。
「敵のヒットマンに入れあげるたぁ、ツナ・・お前もまだまだ青いな」
「・・全部嘘だったの?」
 こっそり忍び込んで会いに来てくれたことも。
嘘をついて会議を休み、ランボと待ち合わせたことも。
 あのとき囁いた言葉も、紡いだ睦言も。
 ランボを見つめるツナの眼に、じわじわと涙が
押し寄せる。

「愛しているといったのは、本当ですよ」

「・・・」

 言葉を詰まらせたツナの隣で、リボーンは
舌打ちする。これだからランボは人選ミスだと
本部に進言したのだ。心を許してしまって
からでは遅すぎる。
 ましてランボのまんざらでもない様子に
リボーンは苛立った。
――遊びだったと言って、さっさと振ればいいものを。


「身の程をわきまえないと撃つぞ」
「やめて!」
 ランボが答えるより早く、ツナが叫んだ。
「・・どっちが、ほんとなの?」
 震える声が、対峙した両者に問いかける。
自分を騙し、愛しているという男。
嘘をついた自分をわざと、見過ごした男。


――俺は何を、信じたらいいの?


「マフィアっていうのは虚構なんだ・・ツナ」
 お前は俺の言うことを聞いていればいい、と
リボーンは言う。
「こいつは火種なんだ。分かるよな?10代目」
 語尾を強く念押しされて、ツナの身体は硬直した。
 嘘の情報とはいえ、敵のヒットマンとつながって
しまった。それはボスとしてあるまじき行為なのだ。

「ここで、終わりにしろ」
 今なら、すべて共同捜査のためと理由付けができる。
ボスの密通もお咎めなしになる。そうリボーンは
考えていた。


「やれやれ・・10代目をこんなに泣かせて」
 あんたも相当酷い人間だな、とランボは
あくまでも飄々とした様子で言った。
「手を出すなと言っただろ?」
「すいません。愛してしまったもので」
 悪びれた様子のないランボにリボーンの
頭の血管は飛びそうだった。
「頭を冷やしましょう。あんたらしくもないっすよ?」
 ランボは頭をぼりぼりと掻き、銃口の向こうの
リボーンを見据えた。


「あんたに俺が撃てますか?」


 黙ったのはリボーンだった。
両目に涙を浮かべたツナが固唾を飲んで
見つめている。
 今眼の前の男のちっぽけな人生を終わらせることは
容易いことだ。しかしその代償は大きい。
 少なくとも――ツナがこの男に好意を寄せている
以上は。

 リボーンはため息をついて銃を降ろした。
慌ててランボに駆け寄るツナを見ながら・・
――わがままを聞いてやるのは一度きりだ。
と、自分に言い訳し部屋を出て行く。



「大丈夫だった・・ランボ?」
 ええ、とランボは軽く答えた。
これくらいの修羅場は日常茶飯事だった。
「悲しい思いさせてすいません」
「ううん・・リボーンの言うとおりだよ」
 俺が馬鹿だったんだ、とツナは反省した。
自分のしたことはボスとして許されることではない。
本部で追うだろう責め苦の覚悟は出来ている。
 一瞬でも、彼を失いたくないと思ってしまった
以上、ツナは責任を感じていた。


「助かりましたよ」
 ランボに耳打ちされて、ツナははっとする。
「リボーンは、俺を消す気でしたからね」
 内情に通じた人間を生かしておく必要はない。
恐らくは10代目に通じた罪を擦り付けて殺す
算段だったのだろうが、ツナの涙に負けて引いたのだ
とランボは予測している。
「ランボ・・」
 ツナはランボの言わんとすることが分かって声が
上ずった。ランボは自分を切り札にしたのだ。
 いつかリボーンが銃を向けることを想定して
自分と通じた。何もかも、ランボの予定通りだった。


『俺は何を信じたらいい?』


 先ほど浮かんだ疑問がツナの中で反芻する。
信じるべきはリボーンかもしれない。
 ランボが自分の思いを利用しているのだと
したら。

「嘘も方便っていいますからね」
 優しく囁かれて、言葉を失ったツナに
ランボは口付ける・・甘い舌が口腔内を蹂躙し、
ツナの思考はゆっくりと麻痺していく。


「愛していますよ、10代目」


  疑えば、何もかも嘘になりそうで。

眼の前でいたずらっぽく笑う男に
ツナは傾くように・・頷いた。





<終わり>