[第一回右腕争奪戦]
その日は何の変哲もない日曜日、になるはずだった。
お気に入りのアーティストの新譜を買おうと
ツナが家を出たのは10時過ぎ。
CDを買って、図書館で本を返して、できたら
ビデオも数本借りようかな・・と彼が頭の中で
立てたプランは、玄関先でもろくも崩れ去った。
「おはようございます!10代目!!」
ツナが出るのを待ち構えていたとばかりに
飛び出してきたのはご存知――自称右腕、獄寺
だった。
彼だけならツナにも予想がついたが、ツナは
煙草をふかした人物の後ろに意外な影を見つけて
驚く。
「随分悠長じゃないか、沢田!」
バックに燃え盛る炎をしょいながら、極限!といわんばかりに
拳を握り締めているのは、ツナの憧れの同級生の兄だった。
「え?・・あの、その・・なんで俺のうちに」
ツナがきょとんをした顔で尋ねると
「パオパオ師匠に呼ばれたのだ!」
「リボーンさんから聞いていないんすか?」
と同じ人物をさす答えが返ってくる。
「リ、リボーンが・・?」
彼がこの妙な召集をかけた張本人のようだが
ツナには思い当たる節がなかった。
ただ――嫌な予感だけは十分にしたが。
「ツナじゃねーか」
なじみのある響きに、ツナは塀の向こうを
仰いだ。ランニングの途中なのだろうか、ジャージ姿の
山本が手を振っている。
「や、山本も・・リボーンに呼ばれたの?」
ああ、と彼は頷いた。
二人の後ろで、獄寺と笹川は既にいさかいを
始めていた。
「朝からあんまりうるさいと、風紀委員に指導させるよ」
刺すような声がして、ツナははっ、と振り向いた。
その途端声の主と眼が合い、ツナは顎ががくがくと
震える。
制服に身を包み、腕組みをする姿は紛れも無く――
かの風紀委員長だった。
「あ・・あの、何でしょうか?」
涙目になりながら、ツナが恐る恐る尋ねると
彼は「あの赤ん坊に呼ばれたんだ」と応える。
ツナはこのとき初めて、リボーンの謎の召集を
呪った。
「なんか朝からにぎやかだなー」
「そ・・そうだね」
山本は相変わらずのんびりとしていたが、ツナは
今すぐこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
青ざめるツナの後ろでは、芝生メット・タコヘッドと言いあう
二人の間に火花が散っていたが、ツナの心にはそれを仲裁する
余裕はなかった。
「おぉ、みんな集まってるな―」
「ツナ兄!久しぶり!!」
「ディーノさん。フゥ太まで!」
いきなり眼の前に現れた陽気な兄弟子と、笑顔のランキング屋に
ツナは憔悴しきった顔を挙げ、驚嘆をもらした。
二人も、リボーンが呼んだのだろうか。
「ようやく役者がそろったな」
満を持して現れた家庭教師に、ツナは慌てて
駆け寄る。
「どういうことだよ、りボーン!!」
獄寺や山本はともかく、京子ちゃんのお兄さんに
風紀委員長、ディーノさんにフゥ太まで
――いったいどんな理由でこの面々が一同に介することに
なったのか。
リボーンは、にやりを笑みをこぼすと当然のように
答えた。
「決まってるだろ。第一回右腕争奪戦だ」
「ええーっ!!」
ツナは喉が壊れるくらいに叫んだ。
「何だよそれ、どうして今になって・・」
「俺が暇だからだ」
そんな理由でみんな(特に風紀委員長)を呼ばないでください!と
ツナは大声で突っ込みそうになった――が、リボーンの気まぐれとわがままは
今に始まったことではない。
「なんでディーノさんや、フゥ太まで・・」
右腕に関係あるのは獄寺と山本だけだったはず、と
ツナがリボーンに囁くと・・
「誰がツナのパートナーになるのか・・気になってな」
「僕のランキングが正しいってこと、証明されるしね!」
二人は示し合わせたように応える。
「あ・・あの・・雲雀さんは何で?」
ツナが声を最小にして聞くと
「あいつは呼ばねーと、拗ねるんだ」
・・そうですか、とツナはうな垂れた。
「ツナはランボさんのだもんねー!!」
リボーンとひそひそ話す、ツナの腰に勢いよくしがみついたのは、
唯一リボーンに呼ばれなかった(無視されているから)
ランボだった。
「ちょ・・ちょっとランボ、今立て込んでるから」
離れて、とツナが言いかけるや否や
「こらアホ牛、今すぐ10代目から離れろ!!」
笹川と喧嘩をしていたはずの獄寺が、鬼のような
形相で爆薬を着火する。
「え・・獄寺君――ダイナマイトは・・!!」
ツナが叫んだ瞬間、彼が両手に握り締めた
爆薬が四方八方に散った。怒りのあまり、眼の前に
最愛の人がいるのを失念したようだった。
「うわ――っ!!」
ランボがしがみ付かれたまま、爆発は二人を
直撃した。
ちなみに、雲雀はトンファーでそれを打ち払い
山本は器用にかがんで爆発を回避した。
ディーノは鞭を振るって盾をつくり、フゥ太は
ちゃっかり彼の影に隠れていた。
笹川は極限ストレートで爆薬を押し戻し、
リボーンにいたってはその衝撃で空に舞い上がり
パラシュートで着地していた。
「なんなんだよ、もう・・」
ツナが4月最初の月曜日を、病院のベッドの上で
迎えた。体中は包帯で巻かれ、少しでも動くとひりひりする。
隣のベッドに寝ている、包帯で包まれた玉のようなものは
おそらくランボなのだろう。
身勝手な家庭教師の暇つぶしに巻き込まれ・・あまつさえ
負傷し、その理不尽さにツナは泣きたくなった。
そもそも、自分は右腕争奪戦には・・一番関係が薄いはずだった。
――そんなの・・俺のいないところで勝手にやってくれよ!
ツナはわが身に課せられたボス、というさらに重い役割を忘れて
ここにはいない人物をひたすら恨んだ。
ツナが涙を瞳にため横を向くと、壁に立てかけられた異様な
見舞い品の山が――その視野に入った。
天井まで届きそうな薔薇の花束の山と、ひとりでは食べ切れない
船盛のお寿司、絶対に使わないサンドバック、カラフルなパッケージに
包まれた箱の数々と、新品の鞭、おそろいの柄のマフラー・・
右腕争奪戦は、まだ始まったばかりだった。
<終わり>
(ツナヒット記念部屋より再録)