「 身支度 」
いつも、愛らしい外見に明晰な頭脳を併せ持った
自称弟分のお願いは唐突だった。
「ねぇねぇツナ兄〜ネクタイ結んで」
潤んだ声にツナが振り返ると、灰色のスーツに身を包んだ
フゥ太が、藍のネクタイを持って立っていた。
この猛暑の中そんな正装をしてどこへ行くのか?
「・・いいけど。どうしたの?フゥ太」
ネクタイを受け取りながら尋ねると
「今日これから会議なんだ」
と彼は頸筋を上げて答えた。
「会議!?」
「うん。世界情報屋会議。僕は一応ヨーロッパ支部所属
なんだけどね」
「・・そんなのあるんだ」
10にも満たない子供が、一端の情報屋で生きているのだから
彼らをまとめる団体があってもおかしくはなかった――それに
マフィアにも同じような世界レベルの闇会議があるとリボーンから
聞いたことがある。
――そんな物騒なとこ、絶対行きたくないけど。
会議に出るため、ちゃんと正装するフゥ太を尊敬しながら
ツナは呟いた。
「いろいろ大変なんだね」
「仕方ないよ、僕支部長だもん」
「ええっ?」
声を上げたツナはネクタイを落としそうになった。
どうやらツナが考えている以上に、彼の情報屋としての
キャリアは長く、確かなものらしい。
――もしかして、フゥ太って・・かなり偉いひとなの?
無邪気な弟みたいに思っていた自分がかなりのん気だった
気がしてツナは顔を赤らめた。そういえばリボーンも、フゥ太
の扱いは丁重だった。
「うーん、けっこう難しいな・・ネクタイ結ぶの」
自分の頸元なら無意識に結べるのに、向かい合ってだと
手がうまく動かない。
困ったな、とツナが眉をしかめると・・その様子をじっと
見ていたレオンがくるくるっとネクタイに変化し、まるで
見本のようにフゥ太の頸に巻きついた。
「わわっ、すごいレオン・・ネクタイも緑色なんだね」
驚くところはずれていたものの、彼の機転でツナは
ようやくフゥ太のネクタイを結ぶことができた。
「わーい、ありがとう!ツナ兄。レオン」
ようやく身支度を終えたフゥ太がにこにこした笑顔を
振りまいてツナの部屋を後にすると、ツナは机の上にいた
カメレオンに改めて礼を言った。
「レオンのおかげで助かったよ、ありがとね」
ツナの言葉に、レオンの身体全体がぱああっと薄紅色になった。
どうやら寡黙な彼は照れているらしい。
「なんか・・手馴れてる感じだったね。身支度手伝うの」
ツナが言うと、レオンはくるくるとしっぽを丸めた。
その視線の先に、彼の飼い主のスーツケースを見つけたツナは
「ああ、そっか」と納得した。
リボーンの帽子を運んだり、彼の持ち物を一緒に持ったり・・
とにかくレオンは働き者だ――それでも彼は鬼のような家庭教師に
文句ひとつ言わない。(もちろん言うことはできないが)
「えらいよな・・レオンも。ずっとリボーンと一緒にいるんだもんね」
ため息をついて、ツナが両手を頭の後に結ぶとレオンが巻いていた
しっぽを戻して――今度はそれをまっすぐにした。彼は何かを
指し示しているらしい。
「・・何レオン――って、ああ・・お風呂?」
ツナの部屋の窓際にたて掛けてある陶磁器製のバスタブは
レオン専用につくられた特注品だった。ツナがそれを見つけると
彼は黄色の眼をぱちぱちとつぶった。まるで、おねだりをしている
ようだった。
「レオンも身支度・・したかったんだね?」
手のひらにバスタブを乗せてツナが微笑むと、彼は嬉しそうに
跳ねてツナの肩の上に乗った。緑色の鱗が光るしなやかな尻尾から
石鹸の香がするような気がした。