全身の力が抜けるような虚脱感、彼を受け入れた場所の
焼け付くような痛み――そして、心臓を握りつぶされるような何か。
 ツナが眼を開けたとき、彼の身には様々なものが訪れていた。
それは招かれざる客であり、ツナにとって予期せぬものだった。
 ツナはゆっくり腰を回して寝返りを打った。
頭はずきずきしたが、彼が見当たらない。


 ふいに、ツナは泣きたくなった。
恥ずかしいところもいっぱい見られたし、途中で泣き出して
彼を困らせた。それから何が起こったか・・痛くて苦しくて
どうしようもなく切なくて――
 覚えているのは、彼のいつもと変わらない微笑みだけ。

――だからこそ、彼に・・そばにいてほしい。
 湧き上がる感情を押さえつけるように、ツナは枕に
眦を押し付けた。

「ツナ、起きたのか?」
 頭上で声がして、ツナは振りかぶって起きた。
「ディーノさん・・あ、痛っ・・」
 勢いよく起きた上半身には、紅い花びらが転々と刻まれていた。
ツナは腰がぎくりと折れ、思わず顔をしかめる。
「大丈夫か?――無理するなよ」
 ディーノは優しくツナの腰をさすると、そのままツナを
ベッドに横たえた。
 労われたことによるものか、情事の余韻からかツナは
頬を朱に染め眼を潤ませる。

「今、ママさんに朝ごはん頼んできたからな」
 腰を抜かして寝込んだ自分について、彼はどう母親に
説明したのか・・あいかわらずにこにこと告げる彼を
ツナは伺うように見る。

「ディーノさん・・」
「ん、どうした?ツナ」


 ツナは喉のすぐそこまで湧き上がった言葉を
飲み込んだ。

「イタリアに・・帰るの?」
「――そうだな、仕事が終われば・・」
 ディーノはツナの枕の真横で頬杖を
ついた。彼の日本滞在はもともとビジネス
目的で、日程も短期間だった。

「帰るつもりだったけど・・やめた」
 と言い片眼を閉じた彼に、ツナは両眼をぱちくり
と見開く。



「一緒に行こうな、ツナ」
 鮮やかに微笑んだディーノの言葉が飲み込めず
ツナは問うように口を開いた。
「ディーノさん・・」
 ――今、なんて?
 彼はいたずっらぽく口角を上げると、ぽかんとした表情の
ツナに軽くキスを落とす。目の前に咲いているのは、満開の微笑み
だった。




――それから・・
 ディーノが疾風の如く、ツナのイタリアにおける「身元引受人」となり
イタリア留学というもっともな理由をつけ、未来の取引相手を掻っ攫ってしまうまで
ゆうに二ヶ月もかからなかったことをここに追記しておく。


 興味心は猫を殺すというが、独占欲は時に――狼さえ敵に回すのだ。





<終わり>
(ツナヒット部屋より再録)